第406話 正義 06

 全世界に対してクロードは告げた。

 正義を破壊する。

 しかしてそれは、平和を維持するという意思表示でもあった。

 正義の破壊は、平和の破壊ではない。


 正義とは、人々の心の中の言い訳を正当化する為の弁。


 クロードはそう解釈した。

 だからこそ、それを破壊する。

 そう宣言した。


 そのこともまた――クロードの中の『正義』ではあったのだが。


「……以上で就任の挨拶は終わりだ」


 そう言ってクロードは一礼もせずに席へと戻る。

 あまりにも一方的な、型に嵌らないスピーチ。

 その場にいる人々含め、唖然とした様子であった。

 誰も二の句が告げない。

 これだけの人がいるのに、静寂が場を支配した。

 息をするのも躊躇するような間。

 それを破ったのは、先に進めろとクロードが顎で指名した、司会者であった。


「あ、ありがとうございました。クロード氏より就任の挨拶……でした。えっと、あの……」


 司会者は困惑した様子ではあったが、何とか進行をしようと必死に言葉を繋いでいる。

 ――悪いことをしたな、と内心で思いながらも、クロードは無表情で司会者に視線を向け続ける。それが重圧になったようで、司会者は大きく深呼吸を一つした後に言葉を紡ぐ。


「……はい。次は、戴冠の儀です」


 戴冠の儀。

 これはクロードが望んだことだった。


「世界連合の総長となりましたクロード・ディエル氏にその証として、冠が贈られます。冠を載せるのは氏の要望で、地元の子供達です」


 その言葉に、壇上に二人の幼い子供が登壇してくる。


 一人は金髪碧眼の男の子。

 もう一人は、長い黒髪の女の子。


 男の子の方がその手に、眩い王冠を手にしている。


「戴冠を子供に希望したのは、誰かの意思が介在していないという証明の為とのことだそうです。誰かに操られている訳ではない。自分自身の意思で総長になった。それを世界中の人々に認めてもらうということで地元の子を選んだ――という氏からの言です」


 子供から戴冠されることで、どの国の下にいるわけではないことを証明する。

 戴冠時には子供目線まで頭を下げることが必要であるということも、平和の証明として実行することも裏では告げていた。


 ――もっとも。

 それらは全て、ただの言い訳だったのだが。


「では、戴冠の儀です」


 二人の子供が壇上に上がる。

 クロードも前に出て、マイクが置いてある台の横――よく戴冠の様子が見える場所に移動する。

 男の子が持っている王冠を女の子も手に持ち、二人の頭上に持ち上げる。

 そしてクロードは膝を付き、頭を下げてそれを受ける準備をした。


 ――しかし次の瞬間。

 誰もが想像していなかったことが起こり――



 カラン カラン



 王冠が乾いた音を立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る