第391話 希望 20
人差し指で自分の口端を上げる行為。
それは笑みを無理矢理作った行為。
――不自然極まりない。
「……まだ無理矢理にしか出来ないんだな……」
思わず口に出てしまう。
今はこんなにも笑顔を作れるのに。
あの頃は出来ないと思い込んでいた。
――出来ないと願っていた。
「笑顔ってこうやるんですよ。よく見てください」
ジャスティスのコクピットを開き、顔を見せる。
良く見ておけ。
これが笑顔だ。
お前がこれからずっと浮かべなくてはいけない笑顔だ。
そのように目に焼き付けさせていると、クロードは「……それより」と話題を逸らしてきた。
「これからジャスティスごとあんたを倒すって宣言した所で顔を出してきたのは何か理由があるのか? まさか笑顔のやり方を実際に見せる為、とか言わないよな?」
「それもありますが他にも理由はきちんとありますよ。好戦的になってきた貴方を抑制するとかね。現にこうして攻撃をされていないじゃないですか――というのは結果論ですよ、結果論」
適当な言い分を当然信じていないだろう――とクロードの眉が途中で歪んだ所で判断し、本題に入る。
「貴方に対して直接顔と姿を見せて言わなくてはいけないことがあったのですよ」
「……言わなくてはいけないこと?」
これだけはクロードに問わなくてはいけなかった。
――気付かせる為に。
「クロード・ディエル。貴方は何を望んでいるのですか?」
「……はあ?」
呆れ声を放ち、クロードはやれやれと首を横に振ってきた。
「その答えに何の意味があるんだ?」
「答えてください。貴方は何を望んでいるのですか?」
真面目な問いだ。
ふざけた問いではない。
この時点でのお前の望みは何だ?
「俺がお前達ルード国を打倒する理由は――」
「違います」
そんな大義名分を聞きたいんじゃない。
「僕が訊きたいのは『
コンテニューは人差し指を突きつける。
「貴方自身の望みを聞いているんですよ、クロード・ディエル」
「俺自身の……望み……?」
唖然としているクロード。
その様子にコンテニューは溜め息を付く。
「分からないようですね」
「……何が言いたいんだ?」
「貴方自身の望み――というか願望ですね。それを貴方自身の口から聞きたかったのですが……まあいいでしょう。僕が言い当てますね」
「本当にお前、何が言いたい――」
「貴方の願いは――身近な人との幸せ、でしょう?」
そのはずだ。
何故なら、自分がそう思っていたからだ。
「世界中全ての人間が幸福でいられる世界なんか望んではいない。身近な人が幸福でいられる世界を望んでいる。そこに自分もいたい」
それが俺の望み。
それが僕の望み。
「友となった人達の笑顔を傍で見守っていたい。好きな人と一緒に添い遂げたい。――ただそれだけでしょう?」
ただそれだけ。
それだけを望んできた。
ルード国への復讐の気持ちなどもうない。
あるのは自身の幸せへの望み。
もうそれだけしか考えていない。
失ってから分かる、この尊さ。
しかしながら、この時のクロードはこう思っていたはずだ。
「――『そんなのは決して叶えてはいけないものだ』」
自身の幸せを真っ先に捨てていた。
それがこの時の――『正義の破壊者』のリーダーであるクロードの思考だった。
「そんなことを考えていそうな顔ですね」
「……」
「図星の様ですね」
くだらない、とコンテニューは鼻で笑い飛ばす。
「そんな風に思っているのであれば、決してその願いは叶いませんよ。叶えるつもりが無いんですから。だけど……僕は違います」
自らの胸のあたりの服をぎゅっと握り、彼は少し翳りのある表情になって語る。
――これまでの苦悩を。
「これまで僕はたくさんの人をこの手で殺しました。最初は戦場のど真ん中でジャスティス試運転をしていたパイロットを殺して乗っ取った所からですね。そこから何人も殺しました。もしかすると今の貴方以上に殺しているかもしれないですね。しかしそれは全ては自分の知っている人の幸福の為、ひいては――自分の幸せの為ですね」
これが本心。
これが真実。
「お前は……その生き方を後悔していないのか?」
「後悔だらけですよ。ええ」
堂々と、コンテニューは答えた。
「ああすればよかった。こうすればよかった。助けられる人を助けられなかった。こんなはずじゃなかった――そんな後悔をどうにかしようと生きているのが僕ですよ。むしろそんな後悔から生まれたと言っても過言ではありません」
後悔から生まれた。
それは文字通りの意味だ。
「だけどそれでも僕は――他人の幸せを踏みにじってでも――身近な人の幸せ、果ては自分の幸せを求め続けます」
コンテニューは胸を張る。
堂々と。
自分が間違っていると分かっていても。
――真に自分が間違っていないと分かっているから。
「親しくなった人間は全て生きていてほしい。寿命まで幸せに暮らしてほしい」
だから頑張った。
そうなるように努力した。
「好きな人と結婚して、幸せな家庭を作りたい。一緒に老いていきたい」
普通の望み。
もう叶わないと諦めていた望み。
「――クロード・ディエルが諦めている望み」
クロード・ディエルが諦めていた望み。
それをコンテニューが――
「その望みを――僕は全て掴み取って見せる!」
クロードはそのまま諦めていろ。
コンテニューとして、全てを手に入れて見せる。
「さあ見ろ、クロード・ディエル! この僕の姿を目に焼き付けろ! この眼! この顔の造形! この口! この鼻! この耳! この髪色! この長さ! この肌の色! この身長! この体重! この手の形! この足の長さ! この腰の位置! ――一七歳という若さながら陸軍のトップに上り詰めた僕のこの全てをきちんと記憶に刻んでおけ!」
両手を広げ、コクピットから完全に足の先まで乗り出す。
――全身を見せつけるように。
覚えろ。
この容姿を隅々まで覚えろ。
それが今後の――お前なんだ。
「僕の名はコンテニュー! ただのコンテニューだ! 戦場で生まれ、非道な手段でここまで辿り着いた男だ!」
刻め。
ここまでの道は決して容易くなかったということを。
「君を犠牲に僕は君の望みたかった世界を掴み取る! 僕は君から全てを奪い、君の代わりに幸せになる男だ!」
そう。
僕は――俺の犠牲の上で幸せになる。
「だから――僕を信じろ! 僕はお前の望みを全て叶えることが出来ている存在だ!」
「……………………は?」
完全に、クロードは呆けた表情だ。ここまで間抜けな自分の表情を見ると、逆に清々しくなって笑いさえ込み上げてくる。
だが、当時の自分の心情も分かる。
何を言っているんだ、と。
だけど、全てを経験した今ならば分かる。
コンテニューとして綴った一つ一つの言葉。
これらは一言一句全て――後の展開に必要だったピースだということを。
「……覚えてやるさ」
クロードは言った。
「覚えた上で、その全てを破壊してやる」
クロードのその言葉に、思わず笑みが浮かんでくる。
そうだ。
それでいい。
「これから俺はお前の――正義を破壊する」
やってみろ。
やれるものならば。
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