第390話 希望 19

    ◆



 程なくして。

『正義の破壊者』がルード国に対して宣戦布告をした。

 正門に揃った一同は、ルード国へ武力を用いることを示威していた。


『全軍、突げ――』


 その火蓋がついに切って落とされようとしたその時、


「――そうはさせませんよ」


 静かに、だけど鋭く、スピーカー越しでそう告げた。

 告げてジャスティスとして姿を目の前に表し、ゆったりとした動作で片手を挙げる。


「どうもお久しぶりです。アドアニア以来ですかね」

『……お前は……』

「おやおや、元気そうですね――僕が与えた傷もきちんと完治したようで」

『ここでお前が出てくるのは予想外だよ。陸軍元帥――コンテニュー』


 クロードはこちらに対して忌々しげに言葉をぶつけてきた。


『これから攻め入ると気合を入れた所で横槍を入れるとは、素晴らしいタイミングだよ』

「お褒めの言葉ありがとう。そう言うと思っていたよ」


 ――全て、知っているのだから。

 ここで横槍を入れられて、大いに動揺したことも。

 全部。


「ああ、そこにいる兵士のみんな。ジャスティスのパイロットも含むよ。陸軍元帥としての命令だ。――全員この場を離脱し、中央会議所の守りを固めよ。……ああ、勘違いしないでもらおう。これは政治的な意味での指令だよ。お偉いさんを出来るだけ守れ、ってね」


 これは不本意な形なのだと強調する。実際にそういう命令は出ていたものの、従う必要はないとキングスレイからのお達しも別方面で出ていた。トップ方針が固まらないと現場は困るよね――と思いながらも、コンテニューは別の理由から、先の命令を選択した。

 ――この場にいる人々を遠ざけたかったから。


「それにここは捨て置かないよ。なんせ――僕が残るからね」


 詭弁ではったりなのに。

 それでもクロードに敗北を味あわせた、いわば『英雄』であるコンテニューの言葉には説得力があると捉えたらしく、あっという間に正門にいた兵士達は身を翻し、『正義の破壊者』に対して背を向けて門から離れて行った。

 数分後。


「さてさて――見守ってくれてありがとう、皆さん」


 両手を広げる所作を見せつけるようにジャスティスを操作し、煽りを掛ける。


『――見守ったわけではない。背後から狙い撃つのは卑怯だと思ったからだ。戦闘する意思を持たない人間を撃つなんてそんなことはしないさ。だから見逃してやった、という言い方に変えてもらおうか』


 同じようにクロードも両手を広げてきた。

 ――挑発にすぐ乗るなんて、まだ未熟だな。

 そう恥ずかしくも微妙な気持ちになってしまいながら、彼に返答する。


「中にはジャスティスもいたでしょう? それも見逃したのですか?」

『ああ。刃向ってきたら迷わず破壊していたがな。まあ刃向ってこなくても、結局最後には中に人がいない状態で破壊するけれどな。――で、だ』


 クロードは鼻を鳴らす。


『お前は俺達――『正義の破壊者』のこの戦力を前に、本気で自分一人で勝てると思っているのか?』

「――勝てるなんて思っていませんよ。これっぽっちも」


 ノータイムでそう答えたら、クロード含め、相手は拍子抜けというように呆けた顔になった。


『……お前、何を言っているのか分かっているのか?』

「ええ。当たり前のことを口にしただけですよ」


 飄々とそう口にする。


「魔王である貴方だけでも手こずったのに、そこに「サムライ」ライトウと……かつてない程の操作力でヨモツ元帥を撃破したジャスティスのエースパイロット、それにウルジス国が隠し持っていたジャスティスまで用意されてしまえば、僕一人で対抗できるわけがないじゃないですか」

『……勝てないと分かっていながら、ここで俺達と戦うというのか?』

「そんなわけないじゃないですか。勝ち目のない戦いを行って命を落とすようなことはしませんよ」

『だったら降伏してこちらに付くとでもいうのか?』

「それも行いません」

『……だったら何をするんだ?』

「僕は貴方に提案をします」


 コンテニューは提案する。

 ――クロードが絶対に呑む、提案を。


「「正義の破壊者」の皆さん全員、この正門を通らせましょう。勿論、攻撃など仕掛けませんし、門をくぐった先に何も罠が無いことを保証します。味方はしませんが敵対もしません。

 但し――クロード・ディエル。貴方以外にはね」


『……は?』


 再び呆けた声を放ってきたクロードに、コンテニューは懇切丁寧な説明をしてあげる。


「それ以外の人達ならば無条件でこの強固な門の中に入れてあげますよ。但し入るからには全員一人残らず中に入ってもらいますけどね。ここに残るのは、魔王、貴方だけです」

『その要求に何の意味がある? お前が俺達に勝てないのは分かった。で、自分を見逃してほしい条件として『正義の破壊者』の皆をカーヴァンクル内にあっさりと入れることを提示してきたことも理解した。俺だけを許可しない理由は分からないが――それを提案して何の意味があるんだ?』

「意味がある、とは?」

『そんなことを提案されなくとも、俺達は最初からお前を蹴散らして門の中に入って行く。そんな提案を受ける必要が無いということだ』

「そうでしょうか? 確かに僕を倒していけば提案を受ける必要が無いでしょうね。但し――そこに犠牲がどれくらいあるかは分からないですよ? 確かに僕は貴方達全員に対しては勝てないと言いましたが――」


 そこで間を一つ置いて、少々低い声でクロード以外に聞かせるように――恐怖を与えるということを効かせるように、このように口にする。


「――個々に対して勝てないとは一言も言っていない」


 クロード以外の人々の顔が引きつるのが見えた。

 ……これでいい。

 恐怖心が少しでも生じればいい。

 きっと不気味に思えているだろう。

 その気持ちを持って、素直に受け入れてくれ。

 ――一人以外は。


『だからどうした?』


 黒衣のマントを風に揺らし、その一人が疑問の――そして否定の言葉を口にする。


『俺がお前に勝てばそれでいい。他の人達が犠牲になる必要など何もないだろう?』

「つまり、貴方一人で僕と戦う、ということでしょうか?」

『俺だけじゃないかもな。俺が先陣を切って援護を他の人が行う。――俺一人よりも強力だとは思うが?』


「……そうか。まだそんな甘いことを考えている時期、か」


 本当に青臭く、反吐が出る。

 自分の責任と、他者の協力に頼っている、温い少年の考え。


 そんなモノは、コンテニューにはなかった。

 全て自分でしなくてはいけなかった。


 そのことを後ほど――嫌という程に思い知るのに。


 深くため息が出てしまう。

 しかし、ここで知らないからこそ、後で思い知った時の衝撃が凄まじいモノになっているのだ、と考えたらここでこの考えであるのはある意味仕方ないことなのだろう。

 そう思考を変革させ「……まあいいか」と首を横に二、三度振って、スピーカーに声を乗せる。


「これ以上押し問答をした所で何も先に進みませんし冗長になるだけです。別に僕は時間稼ぎをしたいわけではありませんからね。なので早急に決めてください。――貴方一人だけ残って他の人を無条件に門に通させるか、それともここで僕と戦闘をするか――どちらかを」


 まあ問い掛けてはいるが、分かり切っている。


「――今の貴方ならどちらを選択するかは分かっていますけれどね」


 クロードはこの選択肢を取ったのだから。


『――俺だけが残り、皆を正門に入れる』


 クロードの回答は、予測通りの選択肢だった。

 その点についてミューズなどの周辺の人々は驚きを隠せていなかったが、クロードの回答理由にすごすごと引き下がって行った。

 ――本当に、変わらない様子だ。


「やはりそっちを選びましたか」


 ……少しだけ。

 ほんの少しだけ、違う展開になることを期待した。

 違う展開で、未来が進むことを望んだ。

 だけど全く同じで。

 その違いは些細でもきっと許されないのだ、とある種の悟りの領域にも入った。


 そして、クロードが周囲に指示を出し、皆が正門の中に入って行って姿が見えなくなった頃に、コンテニューは声を掛ける。


「――さて、ここには誰もいなくなりましたね」

『これで満足か?』

「ええ。僕の想定通りです。残念ながらね」

『……残念ながら?』


 本当に残念だ。

 ここがもし異なっていれば、彼はここで彼女を殺すような真似をしないかもしれないのに。

 ……まあ、そのような事態になれば、きっと元に戻されるのだろうが。


「それよりも――どうして残ったんですか?」

『今更それを言うか? お前がこの状況を望んだんだろう? 俺と二人の状況を』

「ええ。望みましたね。……望んでいませんけれど」


 ここで違う状況であれば、また楽な展開になったかもしれない。

 ――彼女が傷つく展開にならなかったかもしれない。

 それを望むのは、高望みなのだろうか?


『……さっきから意味分からないことを言っているな。まあいい。俺はその理由が気になっただけだ』

「簡単な話ですよ。ここで貴方と僕の二人きりだけで戦いたかっただけですよ。誰にも邪魔をされずに」


 これからの会話は、他の人に聞かれたくない。

 ――悟られたくない。

 だから、二人きりの状況を作った。


『……それだけか?』

「ええ、それだけですが何か?」


『俺単独と戦う為だけにそのような状況を作ったのだろう? ならば本望だろう? お望み通りそのジャスティス――破壊してやるよ』

「忘れたのですか? 貴方は一度――僕に負けているんですよ?」


 コンテニューは煽り返す。

 だが、分かっていた。


 この後、コンテニューは――クロードに負ける。


 事実が変わらないのならば、この先の結果は分かっている。

 そんなことを知ってか知らずか、クロードは右手の人差し指で自分の口端を上げながら、


『今度こそ勝ってやるよ』


 この先の事実を口にしてきた。

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