第383話 希望 12
◆
魔王クロードを撤退させた。
それは偉業として讃えられ、ルード国内でのコンテニューの名声は更に上がった。ただ本人は「逃亡されてしまったのですから、責められはしても、褒められる謂われはないですよ」と苦笑いを浮かべて賞賛の声に否定を突きつけていた。
――実際は、わざと逃亡させたのではあったが。
しかしながら、そんな態度も謙遜と取られ、ルード国内のコンテニューの人気と知名度は更に上がった。若さと整った顔立ちに嫉妬して「昇進したのはアリエッタの愛人だったから」などと揶揄していた人達も、この実績によって口を閉ざせざるを得なかった。それでも一部ではまだ納得していない人もいるにはいるようで「魔王クロードと結託してこのような都合のいい結果を作り出した」という陰謀論を唱えている人もいた。
もっとも、それは色々な意味で間違っていて、色々な意味で正解である、真実に一番近い答えではあったが。
ただ、コンテニューにはどうでもよかった。
彼の頭の中には別のことが支配していたからだ。
一週間、ずっと考えていた。
どのようにすればいいか。
どのようにすればマリーと接触できるのか、ということを。
マリーは『ガーディアン』の一人である。
そのことは知っていた。
だけども、彼女と遭うことはおろか、もう一人の正体さえ、どのようなことをしても突き止めることが出来なかった。
偏にそれは『ガーディアン』が総帥直下の部隊であり、裏でセイレンが糸を引いていたからである。
特に後者が厄介だった。
最近とみに感じていたのだが、クロードとの関係性を彼女に疑われている。セイレン視点になれば密かに金銭的支援をしているわ、アドアニアの支部長になるわで疑う要素は盛りだくさんだ。繋がっていると考えられてもおかしくない。そんな中でクロードと繋がりの深いマリーに対して接触を図ろうとすれば何かあると察するのは当然だろう。
だから、この時まで待った。
クロードを負傷させることで関係性を疑われる要素を薄くし、『ガーディアン』のもう一人がアリエッタだということを知ったこのタイミングを。
自然と『ガーディアン』のもう一人について追及しても不可思議ではないタイミングで。
しかしながら一週間、どう動こうか考えてしまった。
一番の近道は分かっていたが、なかなか行動に移せなかった。
他の行動を探してしまった。
だが、もう背に腹は代えられない。
「情けない上に動きが遅い……時間が無いっていうのに」
――時間が無い。
コンテニューには時間が無い。
彼の大きな目的。
それは勿論、彼女――マリーを救う為である。
このまま何もしなければ、一か月後、マリーはクロードの手で殺される。
それを防ぐためには、何らかの策を講じなくてはいけない。
故にコンテニューはセイレンの研究室の扉を叩いた。
◆
数分後。
コンテニューはセイレンから、マリーが『ガーディアン』のパイロットになった経緯を聞いた。
吐きそうだった。
ここまでの苦痛を与えていたなんて、思いもしなかった。
その影響で、今は記憶も心を失っているなんてことも知らなかった。
――知らなかった自分に、腹が立った。
本当にどうしようもなかったのか?
自身のこれまでの行動は間違っていなかったのか?
もっと良くできたのではないか?
後悔が一気に押し寄せてくる。
このままで良いのか、迷いが生じる。
だが、もう戻れない。
(……悩んでいる暇はない……)
最適なんて誰にも分からないし、判断出来ない。
迷いは振り切れていない。
だけど、前に進まなければいけない。
自分の導き出した回答が、最善だと信じて。
――そのように。
深く悩みながらも、会話を澱みなくセイレンと交わしていた。
その時だった。
「魔王ヲ……知ッテイル……? 魔王ヲ……クロード・ディエルのコとヲ知ってイルノ……?」
コンテニューの目の前に現れた。
目的通りに現れた。
パイロットスーツに身を包んだ紅い髪の少女――マリー・ミュートが。
(……っ)
――変わらない。
その『赤』ではなく『紅』である美しい髪が。
その愛しい顔が。
七年前から。
――クロードとして銃で撃ち抜いた日から。
でも、目は死んでいた。
表情は無かった。
その変わっていなささに――変わっているさまに、コンテニューは動揺した。
だけど必死に内心だけで押し留めた。
表情に出さぬよう、笑顔を強めた。
――偽りの感情という仮面を更に張り付けた。
「あらー、出て来ちゃったのねー。ついさっきまで寝ていたのにー。具合は大丈夫―? もしかして正気に戻ったー?」
「――ねエ、クロード・ディエルにつイて知ッているノ?」
セイレンの言葉には全く反応せず、マリーは光を失った瞳でただ一点、こちらを見つめてきていた。
「あちゃー。変わっていないわー」
「……どういうことですか?」
マリーの視線から逃れるようにセイレンの方を向くと、彼女は本当に困ったように眉尻を下げていた。
「アドアニア以降からずっとこうなのよー。魔王のことを聞きたがって来るのよー。といってもあたしゃ会ったことないし知らないしー、アリエッタちゃんは禁句みたいな感じだからねー、でもマリーちゃんに他の人を合わせる訳にいかないしー……ってなわけでどうしようもないのよー」
「ずっとこの調子なのですかー?」
「そうよー。口を開けばずっとねー。これじゃあまともな数値も取れやしないわー。集中していないみたいだしー」
「……この前のアドアニアでは会っていないはずなのですがね」
――失言だ。
対峙した可能性だってあるかもしれないのに。
クロードの時に見掛けなかったから、ついそう言ってしまった。
――それ程までに、心は乱されてしまっていた。
だけどセイレンは気が付かなかったようで、大して気にした様子はなく肩を竦めていた。
「声でも聞いたんじゃないー」
「ああ、そういえば放送していましたね」
「声だけでこれだけ興味を持つということは実際会ったらどうなるのかねー?」
「……そうですね。でも変なことを考えないでくださいよ? 彼女がクロードと会ったらなんて――」
どうなるかは知っている。
今は何が何でも遭わせる訳にはいかない。
故にセイレンにそうさせないように言葉を紡ごうとした、その時。
「――教エテ?」
「うわっ」
思わず驚いた声を出してしまう。
セイレンとの間に、にゅっと顔が飛び出してきたからだ。
「クロードのこトを教えテ?」
「……」
相も変わらない空虚な瞳。
だがコンテニューは見つけてしまった。
彼女が「クロード」という単語を口にする時。
その瞳の奥にわずかながら光が揺らめくことを。
きっと彼女の中で強く残っているのだ。
クロードのことが。
記憶を失っても。
失わされても。
それでも、確かに残っている。
「……凄いな」
思わず言葉を零してしまった。
彼女の強さ。
意図しないながらも確かにある強さ。
そこにコンテニューは感服した。
だから今までセイレンに見せていた張り付けた笑顔の仮面ではなく、微笑みという柔らかい形で彼女に応える。
――堪えられなかったので、偽りが剥がれた素の笑顔で応えてしまう。
「分かりました。僕が知っている範囲でお教えしましょう」
「本当ニ?」
「……何であなたが答えるんですか?」
目の前の少女の奥にいる白衣がふざけてきた。
本気でむかついた。
「あははー。似てたー?」
「邪魔です。本当に邪魔です。――で、どうですか? マリーさん」
「本当ニ?」
「ええ、本当です」
そう言いつつ、コンテニューは腰を上げる。
「ここだと確実に邪魔されるので、別室にて二人きりで話をしましょう」
「二人きりだなんてやらしいことするつもりでしょ! 絶対にそうよ!」
「僕がそんなことをすると思っていますか?」
「いやー、全く思っていないからこそのツッコミよー。あ、子供だけは気を付けてねー。パイロット活動に支障出るからー」
「……もういいです。では行きましょう」
完全にふざけモードに入っているセイレンに対して構うのを止め、コンテニューはマリーの手を取る。
小さい。
か弱い手。
だがこの手は、人を葬ってきていた。
少女の意図とは別に。
セイレンの指示するままに。
虐殺するロボットを動かす手として。
普通の少女であったはずなのに。
そんな少女から変わってしまった。
変えてしまった。
――自分の所為で。
「……では失礼します」
内心に渦巻く様々な感情を抑え込み、コンテニューは退室していく。
その傍らには少女を引き連れて。
「……」
足早に廊下を歩くコンテニュー。
その彼の顔色は悪かった。
気分も優れなかった。
(……どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい……?)
彼は考えていた。
考えながらひどく憔悴していた。
彼にとって失敗は許されない。
彼の行動一つで色々な人の運命が変わる。
変わってしまう。
それだけの立場にいる。
そのことを自覚している。
自覚させられている。
その対象は手の先にいる少女も含まれていて――
「……あ、ごめん」
コンテニューは謝罪を口にする。
ずっと早足で歩いていたら、彼女にとっては引き摺られているのと同義だ。少なくとも良い方向ではなかっただろう。
彼は歩行速度を落とす。
しかし決して離さなかった。
その手は離さなかった。
「大丈夫。ありガトウ」
無表情。
だが彼女はそう答えた。
それがコンテニューの胸に来た。
散々、ルード軍――というよりもセイレンだが――に酷い目に遭わされてきたはずだ。
なのに内心では反逆心を持っているとはいえ立場上は軍のトップの方に位置しているコンテニューに対し、感謝の意を述べられている。
ただ考えなしに口にしていたのかもしれないが、しかし、それでもコンテニューには衝撃的だった。
――クロードとして知っているマリーは意識はなくとも、まだそこに居るのだ、と。
「……」
立ち止まって、彼は決意する。
自分が突き進む道。
自分が突き進みたかった道。
自分が突き進むべき道。
その先を見据えるために――
「……唐突で申し訳ありませんが、マリーさん。これを貴方に差し上げます」
そう言ってコンテニューはポケットからあるモノを取り出して、繋いでいない方の彼女の手に握らせる。
「こレは……」
「お守りです。僕のお手製ですが、効果のほどは保証します。ぜひ受け取ってください。そして肌身離さず持っていてください。絶対です。絶対ですよ?」
「……? 分カッタわ」
かなり強い口調で半ば押し付けるように渡したが故に困惑した様に眉を歪めながらも、彼女はそれをきちんと受け取り、自分の胸元に仕舞い込んだ。パイロットスーツにポケットが無い故にそこにしか仕舞う所が無いのだから必然なのだが、そこに少しドキリとしてしまう。
「……? どうシタの?」
「いえ、何でもありません」
にっこりと笑顔を見せる。
これは仮面だ。
内心を見透かされない為の。
「あ、ここに入りましょう」
近くにあった会議室の一つを開け、誰も中にいないことなど色々確認してから入室し、扉も鍵も閉める。
「適当に座ってください。――さて」
近くの椅子に座る様に促し、彼は真正面から見つめてくる瞳を見つめ返しながら言葉を紡ぎ始める。
「僕が知っているクロード・ディエルについて教えましょう。少し時間は掛かりますが、どうかご清聴いただきますよう、よろしくお願いいたします」
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