第382話 希望 11

    ◆



 アドアニア。

 生まれ故郷ではないが、育った期間は遥かに長い為、故郷と言っても過言ではないだろう。

 その地に、正義の破壊者が来る。

 月日まで分かっていた。

 クロードがどこに来るのかも分かっていた。

 だから事前に準備した。

 ジャスティスを森に隠した状態で待機させた。

 そのコクピットにも仕込みを入れた。

 遠隔起爆が出来る地雷を埋め、色つきの煙幕を用意した。

 毒ガスと錯覚させる為のガスマスクも、拳銃と共に懐に携えた。

 周囲に部下も密かに配置した。


 ――は知っていた。

 既に経験を――コンテニューによって負かされたクロードの経験を、コンテニューとして持っているのだから。


 ……ここまで来れば最早分からなくなってくる。

 卵が先か鶏が先か。

 コンテニューが居なければ、クロードは負けなかった。

 だけど、コンテニューはクロードの未来の姿だ。

 だったら最初にクロードを打ち倒したコンテニューとはいったい誰なのか。


(……考えるだけ無駄、か)


 最初がどうであれ、今は自分がクロードを打ち負かす番だ。

 敗北を与え、自身を省みさせる。

 それがなければ、今の自分はいない。

 ――この先での後悔すべきことを、後悔と思わない。


「……行きますか」


 先にいるのはクロードと、ジャスティス――その中にいるのはカズマ。

 彼らの会話の、ちょうどいいタイミングを伺い、コンテニューは次の言葉と共に姿を現わした。



「続いて僕が質問したいですね。――『こんな所で何をしているんですか?』って」



 その言葉に、クロードは驚く様子は見せていない。

 突然に、しかも察しが出来ない状況、予期せないタイミングでだったにも関わらず、だ。


「……そういうことか。――都市部へと急いで飛んで向かえ。今すぐにだ」

『えっ……?』

「急げ。戦闘中にはビルなども破壊しても構わない。中にいる人も気にするな」

『わ、分かりました!』


(……相も変わらず、クールぶっているのか。子供だな)


 冷静に思考し、カズマに指示を出しているその姿を見て、恥ずかしいやらむず痒いやら不思議な感覚になる。

 あの時は何も思わなかったが、今となっては背伸びをしている様にしか見えない。

 大人魔王の振りをした子供。


 そんな彼らの様子を見守っていた――カズマを意図的にこの場から離脱させた――コンテニューだったが、当然の如く、クロードの異能の範囲外にいるように心掛けていた。

 五メートル。

 クロードが動いても、同じだけ距離を離れるように。

 そんな静かな攻防戦が少しの間行われた後、クロードが声を掛けてくる。


「そういえばアリエッタってどうなったんだ?」

「あはは。唐突に脈絡もない話をしますね」


 コンテニューは笑みを携えながら肩を竦める。

 ―― 一言一句、記憶にある自分の台詞と同じだな、と。

 そこからは同じセリフを言うように心掛ける。


「あの人は牢屋に入れましたよ。貴方に与した罪で」

「それであんたが陸軍元帥ってか」

「そうですよ」

「じゃあ俺がお前をその地位まで上げたってことか。感謝してほしいな」

「僕のおかげです」

「まあ、そうだよな。俺のおかげなわけないな」


 結局、『僕のおかげ』だろうが『俺のおかげ』だろうが、同じことではあるのだが。


「さて――とりあえずお前を殺せば元帥全滅でルード国にダメージを与えられるんだが、どうして俺の目の前に現れたのか聞いてもいいか?」

「確かめるためですよ。――あなたを確かめるためにここに来ました」

「何を確かめるんだ?」

「答える必要がありますか?」

「……必要ないな」


 答える必要はない。

 というよりも、答えられない。

 自分が、同じ行動をしているかどうか。

 まだ未熟者であるかどうかを確かめるだなんて。


「どんな思惑があるか分からないが――俺に対して容易に姿を見せたことを後悔させてやろうではないか」


 そう、クロードは未熟者らしい、青臭いセリフを口にしてきた。


「あ、ちょっと待ってください」


 あまりにも恥ずかしかったので、片手を挙げて制止した。

 何を気取っているのか。

 本当にちょっと待ってほしい。


「今更命乞いか? それを許すと思うのか?」

「いやいや。真剣に貴方と戦うのに僕も準備が必要なのですよ。生身で戦えるように見えますか? ――と、言うことで」


 誤魔化しながら懐に入れてあったガスマスクを取り出し、装着する。


「では!」


 そして、煙幕を足元に投げつける。

 周囲が紫色に包まれ、視界が一気に悪くなる。

 その隙にコンテニューはその場を離れ、隠してあったジャスティスに乗り込み、放送器具のスイッチをオンにする。


「――銃撃、用意。……放て」


 クロードがいる位置に向かって銃撃を放った。

 同時に、四方八方に位置している部下も銃撃を開始する。

 この銃撃はクロードには届かない。

 銃弾を防ぐための盾を張っているからだ。

 だが、足止めにはなっている。

 それでいい。

 そこまでの思考は痛いほどわかる。


「――今より一メートル程南方に後方に銃撃位置をずらしてください」


 南方――クロードから見て後ろに当たる部分。

 この部分に銃弾を防いでいる盾の弱点――空気穴がある。

 空気の流れなど外側からだと見えないが、それでも、クロードから見れば自身のその部分に集中しているので、空気の流れが外部から見えている様に思えるだろう。

 その思惑通り。

 次の瞬間に強烈な風が起こり、一気に煙幕が晴れていった。

 クロードが煙幕の理由を、空気の流れを読むためだと誤認した証拠だ。

 そして視界が晴れ、クロードがとある位置にいることを確認すると同時に、


「――狙い通りです」


 コンテニューは自身が操作するジャスティスの剣の切っ先を突きつけながら、クロードに突進した。


『くっ!』


 この攻撃はクロードには当たらないことは分かっていた。

 だけど焦って、意識が目の前のジャスティスにしかいかないことは分かった。

 咄嗟としては、目の前のジャスティスを脆い素材――クッキーに変える異能を使うだろう。

 分かっていた。

 だから破壊される前に非常脱出装置を用いて上空へと脱出していた。

 クロードの目線は目の前のジャスティスそのものであるから、身長の関係で下方部しか目が行かないだろう。故に上空への脱出はその際には気が付かれていない。

 合わせて、コンテニューは隠し持っていた地雷のスイッチを押す。


 ――次の瞬間。

 クロードの足元が爆発し、彼は上空へと吹き飛ばされた、。


「ぐ、うううううう」


 痛みにあえぐ声が下方から聞こえた。

 ――下方から。


 そう。

 コンテニューはこれらの事態を全て想定した上で、クロードを超える高度へと、コクピットごとその身体を置いていたのだ。


「――狙い通りですよ」


 下からの熱風を防ぐことに必死になっていたクロードは、吹き飛ばされる自身の妨げにならないように上空はフリーにしていた。

 無防備であった。

 だからこそ、コンテニューは隠し持っていた拳銃で狙いを定め、


(――痛みを知れ)


 クロードの腹部に一発撃ち込んだ。

 頭ではなく、腹部。

 ここで殺すわけにはいかないからこその処置だ。


 そしてコンテニューは、クロードが何もせずに落下して行く様を上空から見下ろしながら、コクピットに仕込んであったパラシュートを開く。


「……落下した直後の魔王を狙ってください」


 同時に、耳元の通信機で各員に指示を出す。

 ゆったりと降りていく中で、下方でひっきりなしに銃弾がクロードに向かって撃たれていることを確認する。


(……この時は周囲の状況なんて考えている余裕なくて、ひたすらに防御していたなあ……)


 そんな懐かしさとも言える妙な感覚になっていた――その時だった。



『クロオオオオオオオオオオオオオオオドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』



 唐突なる甲高い怒号。

 クロードの名を叫びながら現れたのは、一体の獣。

 四足歩行の緑色のジャスティス――『ガーディアン』だった。


『死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!』


 恨みが募った言葉。

 だが攻撃が直線的だ。

 上から見ても十二分に分かる。


 だからそこを利用される。


「――」

『っ!! ふざけるなああああああああああああああああああああああああああ!!』


 怒号で掻き消されたのか、あるいはまだ距離が遠いからか、クロードの声は聞こえなかったが、それでも何かしら挑発をしたらしい。

 獣型ジャスティスは真横から薙ぐような攻撃を放った。


 直後。

 背中に黒い羽根を生やしたクロードがその攻撃の勢いを利用し、高速でその場を離脱したのを、コンテニューはこの眼で見届けた。



 こうしてコンテニューの思惑通り。

 クロードに痛みという者を覚えさせ――絶対的な強者であるという思い違いをしていた自身の正義について、自信も含めて粉々に破壊をすることに成功した。



 ――必要な敗北を味あわせた。

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