第373話 希望 02

「おめでとう。一気に支部長だってね」


 ジェラスは朗らかな笑顔をこちらに向けていた。

 そこに嫉妬や邪推など、何一つない。

 本当に単純に祝福してくれているのだ。

 そんな彼に、コンテニューは首を傾げて少し息を多めに吐く。


「……なんでこうなっちゃったんですかね」

「ん? どうした? 嬉しいことじゃないか」

「いや、なんかフィクションものみたいな感じじゃないですか。こんな若僧が支部長になるなんて、普通じゃありえないでしょう。中将だって有り得ない話でしたのに」

「確かにそうかもしれないけど……君は本当に優秀だし、運も良かった」

「運ならいいんですけどね。どうも黒幕の意図っていうのが感じ取れまして」


 おどけた様な口調で自身の人差し指をこめかみに当てる。

 この黒幕とは勿論、アリエッタのことである。

 そんな彼の意図は全部読み取っていないのであろう、ジェラスはこう笑い飛ばしてくる。


「ならば私より上の者が君以外にいなくなったのも、黒幕の意図かもしれないね。ということは、その黒幕は私ってことになるね」

「じゃあ媚び売っておきましょうかね」

「あはは。じゃあ今日が終わったら飲みに行こうか。奢ってやる」

「僕は未成年ですって。全く……」


 コンテニューは知っている。

 このままではジェラスと酒が飲める日は来ない。

 彼の命は明日まで。

 明日、アリエッタに撃たれて終わる。

 そのように――クロードは認識していた。


「しかし、明日、ですか……」

「ん? 明日に何かあるのか?」


 思わず漏らしてしまった言葉ではあったが、自身が望む展開には一つ近付いた。

 だからこう続けた。


「……ジェラス大佐、あなたは魔王を見たんですよね?」

「見た。加えて説明するなら、彼が魔王に変貌するきっかけを作ってしまったのは、恐らく私なのだろう。そういえば、彼の知り合いのご婦人に言われたな。目覚めさせてはいけないものを目覚めさせた、って。あれがこの騒動の始まりの気がするよ」

「ジェラス大佐が、彼を魔王に変貌させた? どういうことですか?」


 知っていた。

 だが知らないふりをして、ジェラスに話をするように仕向ける。

 ――その間に思考し、計画の細かい微修正を行う為に。


「それはアリエッタが悪いですね。ジェラス大佐の所為じゃないですよ。聞く限り」


 全てを聞き終えた後、あらかじめ用意していた回答を口にした。


「それなら私の話が駄目だったんだな。どうしても自分が悪くないように話してしまうからな」

「いいえ。どうしても語る上でアリエッタに責任があるように話をしてしまう。それは普通の人、というよりも責任感がない人の語りです。気が付いていなかったようですが、ジェラス大佐は語る上でアリエッタを庇っていましたよ。むしろ、自分に責任があるかのような話し方でした。まあ、そのほとんどが、自分が止めることができなかった、賛同した、そう言うように誘導した、などでしたが、敢えて自分が罪を被ることで自分が悪くない、相手が悪いっていうようなものだとも感じませんでしたよ。だから僕は、あなたは本気で凄いと思い、尊敬しているのですよ」


 そもそも全部知っている為、ジェラスの話など聞かなくとも結論は変わらない。


「大袈裟すぎるよ。実は私だって自分が悪くないのではと思いながら言っていたんだから」

「嘘はつかないで下さいよ。まあ、どちらにしろ本当にジェラス大佐は悪くないですから、気に病む必要はないですよ。……おっと」


 時計を見る。

 時間が無い振りをする。


「こんなに時間が経っていましたか。やはり気軽に話せる人といると時間が経過するのが早いですね。こんな廊下で長い時間、引き止めて申し訳ありませんでした」

「いやいや。こっちも久々に気が休めたよ。ありがとう」

「これからジェラス大佐はどちらへ?」

「アリエッタ様の所だよ。一応、昨日のテレビに映っちゃったからね。代表者として彼女の横で式典に参加する予定だよ」

「ああ、すみません。私は拒否したのですよ。この式典への参加をね。昨日の会見だって、ジェラス大佐が出ると聞いていたら、私は出ていましたよ。てっきり支部長が出ると思っていましたから。あなたに負担を掛けさせて申し訳ありません」

「いやいや、気にしなくていいんだよ。これからルード本国へ緊急の重要案件による出張だっけ? 新支部長としての最初の仕事だし、頑張れよ」

「緊急案件なんて、そんなものありませんよ。急いで行かなくていけないのは、全くの嘘です」


 嘘。

 このことを理由にして、コンテニューはある場所に向かおうとしていた。

 だが、そのことは誰にも言えない。

 ――


「そもそも、本来だったら元帥様の式典に出席する方が何より緊急で重要でしょう」

「……ああ、それもそうだな」

「ですから、拒否したのです。嘘の仕事を無理矢理作って、新支部長としてではなく、以前の役職での最後のやるべき仕事であると嘘をついて。今回は不参加を認められましたが、もし支部長を解任すると言われても、僕は無理矢理にでも式典には参加しませんでしたよ」


 と。

 そこで計画の微修正の一つを行う。


「ですからお願いです。どうかこの式典、出ないで下さい」


 ジェラスを生き残される方法。

 式典に出席させないこと。

 だけど、それはきっと出来ないだろう。

 彼だったら断ってくるはずだ。

 責任者としての立場として。

 それだけではない。

 既に未来は確定しているのだ。

 この眼で――、式典に出席しているジェラスを見ているのだから。


「そういう訳に行かないだろう。一体、どうしたんだい?」

「ジェラス大佐。僕は負ける戦はしたくないのですよ」

「つまりは……君は、魔王が勝つ、と言っているのかい?」


「はい」


 クロードが勝たなければ、今ここに自分はいない。

 万が一にでも負けることは、絶対にありえない。


「いくらジャスティスを用意しても、彼には勝てませんよ。そんな負け戦に行って、命を散らすわけにいかないです。僕には――まだやるべきことがあります」


 やるべきこと。

 ジェラスはきっと、ルード国への復讐だと思っているだろう。

 だが違う。

 既にルード国への復讐が、自分のやるべきことではなかった。

 だけど。

 強い意志でやるべきことはある。

 その目を向けていると、ジェラスは「……そうだったな」と力強く頷きを返してきた。


「おし。こっちは任せろ。今日、終わったら上手い酒飲ませてやる」

「だから未成年ですって。それに僕は出張ですから、今日はこちらに戻れませんよ」

「あっはっは。そうだったな。じゃあ、また今度ってことで。――負けても生き残ってやるから、戻ってきたら連絡しろよ」

「努力します」


 肩を叩いてその場を離れようとするジェラス。

 ――ここだ。

 このタイミングだ。


「……あ、そうだ」


 コンテニューはポケットを探る。

 そこにあったのは、小さなコイン。

 ただの変哲もないコインだ。

 だけどこのコインは――であった。


「大佐、このコインを持っていてください」

「これは……?」

「お守り、というか、まああれです。次に会う時にこのお金を返してください。必ず返しに来てくださいね、っていう証ですよ」

「あっはっは。おまじないみたいなものか」

「そんなものです」


 但し――ではあるが。


「少額だからと言って返さないなんて駄目ですよ。必ずずっと、身に着けておいてくださいね?」

「分かった分かった。きちんと返すよ」


 本当に守ってほしいのは、コインを返す方ではない。

 ――なのだ。

 だがこれ以上に念を押すと、悟られるかもしれないので、笑顔のままで彼が立ち去るのをそのまま見送る。


「……戻されない、か」


 どっ、と汗が噴き出してきた。

 一つの懸念が、この時点でクリアになった。

 仕込んだコインを渡すこと。

 これ自体が拒否された場合のリカバリ案は考えてはいたが、正直にここで躓かなくて良かったとほっとひと安心する。


 目的は果たした。

 後はどうなるかは、明日の結果次第。


「……さて、これから忙しくなるな」


 一人の時の口調がコンテニューから変化している。

 それは、必死にクロードの時を思い出そうとしたことの弊害だ。

 ただ、もう彼は既にコンテニューだ。

 七年前の成り立てとは違う。

 もう口調で別人と割り切るような真似をしなくても、きちんと分別が付くようになっている。

 七年――いや、実質はそれ以上の月日がそうさせた。


「気合を入れよう」


 二度ほど自分の頬を軽く叩いた後、コンテニューは廊下の奥へと消えて行った。

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