第370話 真実 31

    ◆



 その後。

 アドアニア襲撃に関して、語られない戦いが二つあった。


 一つ。

 好き勝手暴走したジャスティスの内の一体が、とあるアドアニア国民によって乗っ取られた。ハニートラップに掛かったということで表沙汰にも歴史上にも残っていなかったが、結果としてこの一体が制圧まで数日間掛かった原因であった。このジャスティスについてはコンテニューによって半死半生で見逃され、結果としてウルジス国にジャスティスを一機、提供した形となった。

 これは歴史を知った上で、意図的にコンテニューが導いた。

 そもそも最初にジャスティスがどう奪われるかは何も考えていなかったので、ハニートラップに引っ掛かっていた奴が単純に悪い話にはなる。故に逃亡された責務も全てその引っ掛かった奴に押し付けたのだが。



 そして二つ目。



「コンテニューちゃん。改めて質問するわー。どうしてユーナを殺したのかしらー?」


 ルードに帰国した直後。

 コンテニューは白衣の女性――セイレンに呼び出され、詰め寄られていた。


「まさか死ぬとは思っていなかったのですよ。本当に『魔女』だったら、数百年生きている訳ですから」

「ジャスティスで踏んだくらいじゃ死なないって思ったのね?」

「というより、そもそもですがそんな存在が実在するなんて思う方がおかしいでしょう。だから話半分で殺したのですが、皆さん、信じ切った様子でしたね」

「当たり前じゃない。だって本物だったのだからー」


 知っている。

 だけど知らないふりをする。


「逃げ惑う人々から適当に選んだ人間が魔女だったなんて出来過ぎでしょう。僕の罪悪感を煽る為にそんなことを言ったって無駄ですよ」

「……本当なのになー」


 やれやれと首を振るセイレンに、こちらも仕方ないといった様子で答える。


「とはいえ、魔女であろうがそうでなかろうが、一般女性を理不尽に殺害せしめたのは事実ですよ。そこを責められるのであれば受けますよ」

「んー、まあ、そういう話しも出ているらしいけど、それはこれだけじゃなくて、アドアニアに攻め入ったこと全部だしねー……あたし的にはウルジスにジャスティスが一機渡ったことの方が問題かなー?」

「あれは予想外でしたね。半壊にしか出来ませんでしたよ」

「半壊でも死なないんだねー。一つ新しいことを知ったよー。流石に実験体を半壊にすることは出来なかったからねー」


 満足そうに頷くセイレン。


「ま、奪われてもどうせ解析出来ないだろうし、こっち側も奪われたことは無かったことにせざるを得ないから、後は総帥ちゃんに投げちゃおうかしらねー」

「総帥、苦労しますね」

「……ああ、そういえば話し戻すけれどさー」


 と、そこで彼女はくるりとその場で一回転して、にやりと不敵に笑う。


「ユーナが居たってことは、その場にその息子もいなかった?」

「……確かに、息子らしき人物はいましたが……何で笑っているんですか?」

「いやいや、同じ年齢位だよねー、って思ってねー」


 それがどうして笑顔の理由になるのか――と問い詰めるのは簡単だが、彼女との会話はコンテニューとしては望まない。

 多弁は情報を与えるだけなのだから。


「それがどうしたのですか?」

「いやねー、そんな子供が天涯孤独になっちゃったわけじゃないのー。可哀想だなーって思ってさー」

「驚きました。可哀想なんて感情が貴方にあったのですね」

「これでも母親だからねー。こういう子供を見ちゃ心を痛めているのよー」


 嘘八百を付き続けるセイレン。ジャスティスの動力にどれだけ幼い人間を犠牲にしてきているのか、コンテニューは知っていた。

 そんな人間がクロードのことを気にするのには、きっと理由があるだろう。

 その狙いはすぐ様分かった。


「まさか、、とかいうことはないでしょうね?」

「あらー、ばれちゃったー?」


 舌を出すセイレン。引き抜いてやろうと思いながらも、彼女に話しの続きを促す。


「その息子に目を付けてどうするのですか?」

「いやねー、ユーナって魔女だったのよー。だから科学では証明できない、とんでもない力を持っていたのよー。魔法って奴なのねー。で、その息子もちょこっと会ったことがあるんだけど、同じように魔法を使える気があったのよー」

「それはないでしょうね」


 コンテニューは否定すると、そのあまりのバッサリっぷりにセイレンが「……何で言えるのよー?」と不満げに唇を尖らしながら問い掛けてくる。


「簡単なことですよ。そんな理を覆すようなモノを仮に持っていたのであれば、目の前で母親が殺されようとしている中で何もしないわけがありません。それこそ、魔法を使って僕を殺せば母親は助かるのは目に見えて分かりますからね」

「あら、そうなのー。じゃあ期待はずれかもねー」

「期待はずれでしかないと思いますよ。さっきも言いましたが、もし僕がどのようなものであれ魔法みたいな何かを持っていて彼と同じ状況になれば、絶対に母親を助けるようにもがき足掻きますけれどね。だけどそんな様子はなく、彼は泣き喚くだけでしたよ。だから、何も持っていない、って考える方が自然だと思います」

「うーん……あの時も正しいか間違っているか聞いただけだから、適当な受け答えでも通じる、か。結果的に全部合っていたのはただの偶然って見た方がいいのねー……」

「というかそもそも魔法って有り得ないと思いますけれど」


 そう締めると、セイレンは腕を組んで唸り声を上げる。


「でも、やってみなくちゃ分からないわよね。うん。とりあえず養子にでも――」

「駄目だと思いますよ」

「さっきから否定ばっかりじゃないのー」

「いや、だってジャスティスに踏み潰されたんですよ。だったら恨みの対象であるルード国の人間の養子になんかなりたくない、って思うのではないでしょうか?」

「まあ……普通の考えならばそうよねー」


 流石のセイレンも、ただの思いつきで口にしただけのようだった。本気で養子にしようという考えは持っていたのかは微妙だが、少なくともクロードに興味があることは間違いないようだ。

 ――だが。


「あ、面白いこと思いつきましたよ」


 コンテニューはここで畳み込むことで、その興味を別の方向へと逸らす。


「被災者補償金という形で、

「……は?」


 ぽかん、とセイレンは口を開ける。


「あ、ルード国からの支援……って形には最終的になるかもしれませんが、あくまでアドアニア国家からの支給って形が良いかもしれませんね」

「いやいやいや、何を言っているの?」

「何って、僕が殺した女性の息子に、これから一人で暮らしていけるだけのお金を上げるだけですよ」


 頭を振って詰め寄ってくるセイレンに、



?」



「……っ」


 先の言葉の瞬間。

 セイレンの表情が固まる。

 彼女は確実に恐怖心を抱いているだろう。

 笑顔で相手を追い詰める。

 見た目は子供。

 中身は残虐。

 人を殺すことに躊躇いが無いどころか、追い打ちを掛ける。

 非道のコンテニュー。


「ああ、バラすのはそうですね……成人になってから、というのはどうでしょう? 働いてお金を稼げる年になった頃に、その出所について直接話すんですよ。僕と貴方――殺害した張本人と、その道具ジャスティスを作った人物とで。そこまでは絶対に顔も見せないで、関係があるとは見せないで、ね。あ、顔を見せて知り合いになった方がダメージが大きいって知っていますけれど、それだと自殺するだけですからね。心の平穏が出来た頃に唐突に初めて会う人からそんなことを聞かされたらどういう行動を取るのか――絶望で自死するのか、或いは復讐心に駆られて殴り掛かってきて返り討ちにあるのか、それとも……――っていう形で、想像が広がりませんか?」

「……あんた、狂っているわねー」

「お互い様でしょう」


 にこり、と変わらない笑み。

 一片の曇りもない笑み。

 ――


「……あー、はいはい。分かったわよー」


 セイレンはくるりと背を向ける。


「あたしも見てみたいからねー。その鬼のような提案やってみましょー」

「僕の計画を崩さないでくださいね」

「分かっているよーん。そっちの方が面白いと思ったからねー」


 手をひらひらとさせて退室するセイレン。


(……よし。これが正解だったか)


 その後ろ姿を見ながら、コンテニューは内心で拳を握りしめる。



 そう。

 絶対に語られない戦いの二つ目とは、コンテニューとセイレンの戦い。

 ユーナ・ディエルがいなくなった中、同じ異能を内包している、息子であるクロードに対してアプローチをさせないことだった。

 ついでに、こっそりとクロードを支援させる方向に持っていくことも付随させた。


 自身の記憶の中では、セイレンと面会した記憶が無い。

 だから異能については自分の中にあるなんてことは微塵にも思っていなかった。

 加えて、母親が殺されそうになっても異能を使わなかったという点を推して、セイレンにクロードには異能が無いように印象付けた。

 きっと、この行動をしなかったら彼女はクロードを無理矢理にでも自分の手元に置く真似をしただろう。

 実際、母親を殺したショックで塞ぎこんでいたら、何度も戻された。

 幸いなのか不幸なのか――母親を殺す前には、決して戻されなかったが。


「……守ってくださいね?」


 コンテニューは虚空にそう呟く。

 それは様々な人に対して、様々な意味が込められた言葉だった。

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