第369話 真実 30
自身の搭乗するジャスティスの足が母親を踏み潰した。
確実に。
直後に襲ってきたのは、空虚な感覚だった。
時間が止まったかのような不思議な感覚。
目の前が見えているはずなのに、知覚しない。
何も聞こえない。
まるで先の出来事が嘘だったかのような気がしてきた。
先の出来事。
自分が操作したジャスティスで踏み潰した。
母親を踏み潰した。
僕が。
いや、違う。
俺が。
俺が、殺した。
殺した。
コノ手デ コロシ――
「――っ!」
咄嗟に彼は外部スピーカーや通信機などの全ての放送機器のスイッチをオフにした。
酷いめまいと激しい動悸を覚えたからだ。
吐き気は我慢できなかった。
パイロット席の端に吐瀉物をぶちまける。
心で覚悟していても、自分で納得がいっていたとしても、それでもやはり駄目だった。
肉親をこの手で殺めるということに、耐えられなかった。
「……っ、はぁ……はぁ……」
大きく深呼吸を繰り返して息を整えながら、襲い掛かってくる頭痛に耐えるようにこめかみを抑える。
「ここで終わりじゃない……やらなくちゃ……ここまでやったんだから……」
辛いのは終わりではない。
だけど、一番辛い箇所は超えた。
ここで止まってしまっていては、先の苦行の意味がない。
コンテニューは先のオフにした全てのスイッチを再びオンにした。
そして彼は――にっこりと笑った。
誰も見ていないのに。
自身の表面に――心にも笑顔を張り付けた。
ここから見えない所でも偽りの仮面を被り続ける為に。
「……さて、皆さんもこのようになりたくなければ……と、おや?」
コンテニューは母親を踏みつぶした足を退ける。
敢えて見た。
視認した。
自分の行った行動の結果を、きちんと受け止める為に。
そこにあったのは黒い肉塊。
既に母親の姿形はしていなかった。
めまいと吐き気が再び襲い掛かってきたが、彼は耐えた。
笑顔を纏うことで耐えた。
「死んでいるじゃないですか……? 魔女だから死なないのでは? 嘘を付きましたね、皆さん」
反応はない。
悲鳴も泣き声もない。先にはあったかもしれないが、今はない。
それは刺激を与えるようなことをすれば同じ目に合うと思わせたからだろう。
そして、一番喚きそうな人物からの声も聞こえてこなかった。
(……ああ、そうか。そうだった)
思い出した。
この時、気絶していたのだ。
母親を目の前で殺されたショックで。
「……まあ、いいでしょう」
後は他の人に念を押して、動かなくさせるだけだ。
準備したセリフを口にして。
「無抵抗で投降しないとこうなりますよ、ってことを皆さんに知らしめられたのですから」
このセリフも、先の「死んでいるじゃないですか」から始まったセリフも、全て母親が考えたモノだ。
ここまでシナリオを書いている。
だから口に出来た。
何も想定しなかったら、きっと何も出来なかっただろう。
(本当に……反吐が出る)
歯を一度、ギリ、っと食いしばった後、彼はルード軍の通信網の発信ボタンを押す。
「こちらジャスティス一号機。襲撃に関し他国へ逃げ出そうとするアドアニア国民の一部を発見、威圧により沈静化していますので対処を求めます。場所は――」
こうして。
コンテニューは母親をその手に掛け。
残されたクロードの身に、復讐心を植え付けたのだった。
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