第367話 真実 28

    ◆



 絶叫。


 正にその言葉が似合う声であった。

 脳内から耳を支配するかの如く、コンテニューの脳内を這いずり回る。

 先からずっと、その声はずっと続いていた。


 叫ぶように。

 嘆くように。

 喚くように。

 苦しむように。


 何があったのか。

 それはその声を聴けば分かった。


 だからコンテニューは戦いの場を離脱した。


『おい! 何をしている!?』


 耳元の通信機の方から、ジャスティスパイロットのリーダー格の怒号が聞こえて来たが、当然無視を決め込む。

 すると触発されたのか、


『ひゃっはー! 俺も暴れたりないぜ!』

『あは、あは、あはははははは!』

『おいお前ら! 正気を保て! 戻ってこい! 俺だってやりたいんだぞ!』


 どうやらリーダー格以外の二人も暴走したらしい。リーダー格


 これはジャスティスが命を用いて動いているからの効用ではなく、どうやら二足歩行型ロボットに搭乗した高揚でそうなっているようである。パイロットは今回、セイレンの意向で選抜されている。四機に数を絞ったことといい、どうやらクレイジーなキャラクターだけを選んだらしい。

 きっとそれは好き勝手暴れろってことで、そうなればユーナ――母親がたまらず出てくるという予想の元で、そのようなメンバーを揃えたであろうことは推察出来る。

 いずれにしろ、コンテニューにとっては好都合だった。

 一目散に彼は郊外の森を目指して疾走していた。

 しかしながらジャスティスのままで家に向かう訳に行かない。

 あくまで母親を捉えるのは、避難している最中でなくてはいけないのだ。

 その為、視界に入らない近くまではジャスティスで向かい、そこからは自分の足で向かった。

 全速力で。


 その間もずっと、頭の中では嗚咽が聞こえていた。

 辛そうだった。


 行った所でどうなるということもないし、姿を見せる訳にもいかない。

 それでも、行きたかった。

 行かなくちゃいけない。

 そう思ったから。




 ――数分後。

 コンテニューはディエル家の前まで辿り着き、窓の外からこっそりと中の様子を覗き込んだ。


「あ……ああ……あああ……ああ……」


 そこに居たのは、呆然自失といった様子で天井を見つめて声にならない声を上げている、母親だった。

 目元は赤くなっており、髪は振り乱されていた。

 更にその姿は、以前に会った時よりも――見えた。

 散々泣きじゃくった後の、泣き疲れた子供のように。


 そしてそのことは、とある事実をも導き出していた。


(……やってくれた、のですね)


 母親は実行してくれた。

 自分の計画を。

 故にここまで嘆き、悲しみ、涙を流しているのだ。

 辛かっただろう。

 きつかっただろう。

 苦しいだろう。


「……」


 この母親の姿を見て――

 コンテニューは追い詰められた。

 最初からやるつもりではいた。

 だけども、心が整理が付いていなかったのは事実だ。

 しかし、ここまでやってくれたのならば、こっちも本格的に腹を括るしかない。


 ――演じなくてはいけない。

 非情なルード国の軍人でジャスティスのパイロットである――コンテニューという存在として。


 彼がそう拳を固く握りしめたと同時だった。


「――あれ? お母さん、どうしたの?」


 目を擦りながら、クロード少年が母親の部屋に入室してきた。どうやら本当に眠っていたらしい。眠気まなこながらも、彼は母親の様子を、心配そうに見つめている。

 床に座り込んでいた母親は一つ大きな息を吐きながら立ち上がり、そんな彼に近づくと――


「……何でもないわ」


 ぎゅっ、と抱きしめた。

 優しく。

 そして力強く。


「――クロード。あなたには凄い力があるの」


 唐突に。

 母親はそう口にした。

 当然ながら自身の記憶ではそんな話を聞いた覚えがないので、コンテニューは大いに焦った。

 ――歴史が違う、と。

 だがどうしようもなく、じっとその言葉に耳を傾けるしか出来なかった。


「凄い力?」

「そうよ。、封印されている力よ。だけど、あなたはピンチの時までそんな力が発動することは無いし、記憶にもない。いいわね」


 そう言って母親は、クロードの額を小突いた。

 その行為で、実行したのだ。

 クロードがピンチの時に、自身の異能が発現――というよりも、再発現することを。

 このことについてクロードが自分で打ち破る方向で進めると思っていたのだが、それを覆すような行為を母親はしている。


(……仕方ない、か)


 ここはもう、理屈ではないだろう。

 そうコンテニューは理解した。

 母親の心情を思えば、クロードの命を守ろうとするのは当然だろう。


(あれをやってもらったなら尚更……か)


「あれ? 何で俺、お母さんに抱きしめられているの?」


 と、クロードがきょとんとした様子で母親に問い掛ける。先のことは完全に記憶に残っていないようだ。これで矛盾していない、という判断になったからこそ、戻されていないのだろう。そこの理屈は未だに理解出来ていないが。


「……あのね、マリーちゃん家のお母さんから連絡があってね、今、怖いロボットがこの国を襲っているんだって」

「えっ?」

「ここから逃げなくちゃいけないのよ。だから――

「はーい」


 クロードはいまいち状況を理解出来ていない様子で部屋を出る。今思えば「逃げるってどこに?」とか疑問符が浮かぶが、一一歳のクロードはそこまで深くは考えていないだろう。

 だが、コンテニューは母親の言葉にもう一つの意味を見出していた。

 先の、準備しなさい、と口にしていた時、母親は窓の外――こちらに視線を一瞬向けた。

 つまりあの言葉は、コンテニューにも告げていたのだ。

 すぐに準備しろ、と。


「……了解しました」


 ぽつりとそう呟き、コンテニューは家をそっと離れた。







 そして彼はジャスティスに搭乗し。

 十数分後――


『逃げ場などあると思っているのですか?』


 錯乱して国外へ逃げようとしている人々の前でその姿を現わし、戸惑い足を止めた人々の中にいたとある一人――



 ――ユーナ・ディエルを、その手で掴み上げていた。

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