第366話 真実 27
◆
外は既に日がすっかりと落ちていた。
ディエル家を離れたコンテニューは、その足でしれっとアドアニアから密出国し、軍が待機している位置――深い森の中まで歩いて戻った時には完全に明かりもなく、真っ暗であった。監視役を巻いた上に放置して戻ってきたので、当然、何をしていたのかを問われ叱責されたが「観光ですよ。言ったじゃないですか。お土産は買ってていませんけどね。でも……いい景色は見つかりましたよ」と嘯いておいた。これだけ好き勝手やっているがルード国内では最上位に位置するジャスティスのパイロット――何度も繰り返された結果ではあるが――なので、作戦から外されることは無かった。
一一歳なのに。
傍から見たら気持ち悪い存在でしかないだろう。自身が他の人の立場だったら、こんな年端もいかない子供がこの場にいること自体に違和しか覚えない。だから自由気ままに振る舞っても口を出せる人はいなかった。先に叱責をした人間も作戦の総責任者であることからもその異常さは伝わるだろう。
不気味な子供。
今はそれでいい。
その認識でいい。
その認識のまま、こちらに触れてくれるな。
(思わず――八つ当たりをしそうになる)
笑顔の下で必死に歯を食いしばる。
彼自身も先の決断については苦渋の選択だった。
それこそ、ここまで歩いて戻ってくるまでに心が落ち着かないまでに。
「――では、皆に伝える」
闇が深くなっている森の中で、作戦の総責任者が声を張り上げる。
「我らはこれより、アドアニアに侵攻する。皆も知っていると思うが、今回は二足歩行型ロボット――『ジャスティス』が四機、先行して進軍する」
ジャスティス。
この時点でそう名を付けられていた。
名付け親は勿論、あの白衣の悪魔だ。
「ジャスティスの進軍日時は夜九時。そこから一時間後に戦車他などを進軍させる。各位準備をすること」
その声に兵士達の声が合わさる。統率が取れていることを象徴する合わせっぷりだ。
その中で一人だけ、声も発さずにただ立っていた少年がいた。
勿論、コンテニューだ。
『……聞こえますか?』
彼は脳内会話を試みていた。かなりの距離が離れてしまっているが、問い掛けは届いているはずだ。
『……聞こえているわよ。今、クロードとお風呂に入っていた所よ』
『そんな記憶はないので捏造ですね』
『記憶を消去しておくわね。はい。これで矛盾解消ね』
『それも嘘だと思っておきます』
この会話からも、きちんとお互いの声が聞こえているのは間違いない。
とりあえず事務報告を行う。
『こちらが襲撃するのは、本日の夜九時です』
『あら……あともう少ししかないのね。急な話ね』
『はい。なので、その……』
頭の中で言い澱むと、母親の声のトーンも不思議と低く聞こえた。
『……早いわね、本当に、もう、か……』
『……すみません』
『謝らないの。もう、このことはやらなくてはいけないんでしょう?』
やらなくてはいけない。
母親も。
自分も。
『……はい』
『だったら、もう後悔はしない。割り切りなさい。どれだけ辛くても、当人がそれを望んでいるのだから――って』
その言葉はこちらに向けている言葉であり。
そして、自分に言い聞かせている言葉だろう。
『……その通りです。僕はそれを望んでいます』
『私もその後のことは望んでいるわ。……だからもうここでこの話は終わり』
一つ間を置いて、少し強張った声が聞こえてくる。
『それじゃあ、行ってくるわね』
『……やっぱりお風呂じゃないじゃないですか』
『さっき話していた時に着替え終わったのよ。クロードもお風呂でうとうとしたからそのまま寝かせたし……準備は出来ているわ』
準備。
物理的な話と、精神的な話。
母親は覚悟を決めてくれたようだ。
ならば後は、その背中を押すだけだ。
『では……クロードのことをよろしくお願いいたします、お母さん』
『……よろしく頼まれたわ』
そう言って。
母親の声は聞こえなくなった。
ここからは母親任せだ。
あちらがどうなっているのか。
言ってくれたことをやってくれたのか。
コンテニューには分からない。
内心でどうなったのか気になりながらも、コンテニューはジャスティスに乗り込み、作戦の総責任者の指示と、母親の次の言葉を待った。
どちらが先か。
結果的に、総責任者の指示の方が先であった。
「――九時だ。作戦開始!」
その言葉と共に、ジャスティスを発進させた。
闇夜を切り裂いていく、四機のジャスティス。
静音ながら物凄い機動力で、あっという間にアドアニア領内に入る。
まず彼らが向かったのは、アドアニアの国境境にある防衛ラインだ。
手の薄い所を攻めるのではなく、厚い所から攻めるのは、上からの指示だ。
(……というよりもセイレンの指示でしょうね。アドアニア……というよりもウルジス国の軍備にどれくらいジャスティスが通用するか、ということを確かめたいのでしょう)
だったら夜に奇襲を仕掛ける必要はないと思うが、そこは現場の指揮官と位相があっていないのだろう――とコンテニューは推察する。
「な、何だ!?」
そんな一方的な都合で夜も更けていく中での突然の襲撃に惑う、アドアニア国の防衛に関わる人々。
二足歩行型ロボットはそんなのお構いなしという様子で一直線に敵の元へ向かう。
駐在していたウルジス国の兵士だろう、彼らは設置していた大砲などでこちらに対して迎撃を試みてきた。
しかし、彼らの攻撃は全く通じない。
あっという間に距離を詰められ、ジャスティスの腕で薙ぎ払われて爆発を起こす。
その中でもコンテニューの動きは圧巻だった。
相手の兵装を受け流し、最短で距離を詰め、的確に武具を銃で撃ち落とし、先へ進んでいく。
無駄が一つもない、華麗な動きであった。
「う、うわああああああああああああああああ!」
その圧倒的な武力に、防衛に当たっていた人々はついに武器を投げ出して逃げ出した。
軍人が防衛を放棄した。
(……こんなのでよく数日、持ちましたね)
あまりにも一方的な蹂躙に、コンテニューは眉を潜める。
このままでは数時間後にアドアニア国は陥落し、ルード国領になるだろう。
何かイレギュラーが無ければ――と思考した、その時だった。
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
唐突に。
長い慟哭が、コンテニューの頭の中に流れ込んできた。
ジャスティス特有の悲痛な怨嗟の声ではない。
聞き覚えのある声だった。
あまりにも悲痛なその叫び声の持ち主は間違いなく――母親のモノであった。
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