第365話 真実 26
◆
そこからコンテニューは母親と詳細について詰めた。
自身の記憶と整合し、矛盾が起きないようにする為に。
母親は、ルード軍に襲われて避難している最中に、人前で見せしめに、ジャスティスによって踏み潰されて殺された。
だからこの場で即座に行動に移すことは出来ない。
襲撃を起こさなくてはいけない。
ジャスティスを持ってこなくてはいけない。
だからこそ、母親のみと交信できる連絡手段――コズエとやったような頭の中で会話できるようにし、詳細な時が分かったら伝えることにした。
これで全ての準備は整った。
生涯で一番、辛い打ち合わせだった。
「そんな顔しないの」
母親がこちらの頭を撫でてきた。
「辛いのも嫌なこともあるのは分かるけれど、全ては幸せになる為なのでしょう? だったら堪えなきゃ。男の子でしょう?」
「……こんな境遇の男の子なんかいないと思いますけれどね」
母親をこの手に掛ける業を背負う男の子なんて――と口にしようとしたが、すんでの所で止めた。
辛いのは自分だけではない。
むしろ母親の方がもっと辛い。
(……お母さん相手だからとはいえ、かなり甘え過ぎだ)
コンテニューは下唇を噛んで耐える。
そして大きく深呼吸をすると、母親に向かって満面の笑みを見せる。
「お母さん。僕は絶対に幸せになります。だから……安心してくださいね」
「……そう」
相も変わらず笑わない。
だけどもその表情は優しく、柔らかいものだった。
「じゃあ私から一つ、最後にアドバイスをしておくわね」
母親はコンテニューの両頬に手を当て、目線を合わせて告げる。
「人生は一度しかない。だから必死に生きなさい」
至極普通のこと。
だけど今のコンテニューには普通のことではなかった。
だからこそ、母親の言葉は身に染みた。
「……はい」
満面の笑みでその言葉を受け止め、しっかりと心に刻んだ。
これからのことを考えると、その言葉はあまりにも重い。
その為に、笑顔を見せつけたのだ。
――自分は大丈夫。
――だからこちらについては心配ない。
そう言葉ではなく伝える為に。
「いい子ね」
母親は再度頭に手を乗せてくる。
――全て理解しているわ。
そんな言葉が聞こえてくるような、優しい撫で方だった。
心地いい感触であった。
……ずっとこのままでいたい。
そんな気持ちも生まれつつあった――その時。
流れを断ち切る声が響いてきた。
「ただいまー」
「っ!」
ビクリ、と反応してしまう。
その声に聞き覚えがあった。――いや、正確に言うと、聞き覚えはない。
もっとも近い距離で聞いていたが、近すぎて聞き覚えがない声。
それを発したのは黒髪黒目の少年。
彼は玄関口で、無邪気な笑顔――本当に文字通りに邪気の無い笑顔を見せつけていた。
クロード・ディエル。
一一歳の時の自分が、そこにいた。
「あれ? お母さん、その子、誰?」
「……」
クロードがこちらに人差し指を向けてくる。
何とも気まずい雰囲気が流れる。
別にやましいことをしていない――隠し事はあるが――にも関わらず、途端に後ろめたい気分になってしまう。
「あら? あなたのお友達じゃなかったの、クロード?」
母親が裏切った。
――というわけではなく、次の動きをしやすくする為の言葉だろう。
すぐに察したコンテニューは、笑顔をクロード少年に話し掛ける。
「はい。まだ友達じゃないんです。僕、引っ越してきたばかりで、お友達がいなくて……だからたまたま見かけた同い年くらいの子の家の前をうろうろしていたら……」
「まあまあ、それを私が勘違いして家に入れちゃったのねー。ごめんなさいねー」
母親の演技は棒読みだった。棒読み過ぎてどこかの白衣姿を思い出させる語尾になっていた。何百年生きていても、どうやらそこは磨かれなかったらしい。
だけど、その息子はそれで騙されたらしい。
「そうなんだ。じゃあ仕方ないね!」
にへらと緩んだ笑顔を見せながら、とととと、とこちらに近寄ってくる。
「大変だったね。でも……って、あーっ!」
突然、クロードが大声を上げた。
――まさか、こちらの正体に気が付いた!?
「クッキー食べてる! ずるいずるいずるい! 俺も食べる!」
……という心配は杞憂だった。
テーブルの上に置かれたクッキーを掴んで、もぐもぐと食べ始めた少年に向かって、憐憫の視線をコンテニューは向けながら、母親に脳内で問い掛ける。
『……こんなにアホでしたっけ? この時の僕って。一一歳ですよね?』
『あらー。可愛いじゃない。こういうものだったのよ。今のあなたが落ち着きすぎて同い年とは思えないわ』
『中身は一七歳をとうに超えていますからね』
『一七歳でも落ち着いているわよ。まるで貫禄のあるおじいさんみたい。ギャップがあってそっちも可愛いけれどね』
『……そんなのはどうでもいいですけどね』
無表情でそんな言葉を伝えてくる母親に向かって目を細める。
『とにかく……ここで俺は僕と会った記憶が無いので、後で消去しておいてください』
『……分かったわ』
ここで母親に行わせる理由は一つ。
未だに自分の中で、この時に金髪碧眼の同年代の少年と話した記憶が無いことを、母親の異能によるものにさせる為だ。
今現在でも覚えていないのだから、実行すれば自身が望んだ『事実』に確実になる。
「……」
と。
どうせ記憶が消えるなら、とコンテニューはあることを思いついた。
それはほんの好奇心だ。
そして、ある意味恥かしい行為でもあった。
「あの……君、ちょっと聞いていい?」
「ん? 何?」
「もしもの話だけど……」
コンテニューは彼の目をじっと見て問い掛ける。
「とてつもない大きい敵がいて君がピンチになった時、君は一緒にいるお母さんを守ったりする?」
「勿論だよ!」
即答。
クッキーを持った手で彼は即答した。
「俺がこの手でお母さんを守る! そんな強大な敵は、こう……こうだ!」
パキリ、と。
彼は自信満々に手に持ったクッキーを手で割った。
「このクッキーみたいにさくさくにして……食べてやる!」
そう口の中に入れて、もごもごと口を動かし始めた。
その回答に、コンテニューは一瞬だけ呆気に取られ、
「……そう」
と、口元が緩んでしまった。
自身の命の危機の際――ジャスティスに襲われた際、無我夢中になった際に、妙にジャスティスをクッキーのように脆くさせて場を切り抜けた。
今思えば、どうしてそんなことを思ったのか、不思議でならない。
だけど、このやり取りで理解した。
記憶は消去されても、心のどこかで無意識に覚えていたのだ。
(全く……予想外だよ、これは)
質問は本当に好奇心で訊ねたモノだ。
母親を守る意思があることを確認したかったのだ。
もしこの時に母親を嫌っていたのならば、母親を殺されても復讐に走らない可能背もある。
だけど、これで分かった。
他にも副産物が生じたが、確実に分かったことがある。
自分は母親のことを――大好きだったのだ。
『……確実に記憶の消去、お願いしますね』
そう母親にテレパシーで伝え、コンテニューは玄関先へと歩を進めた。
「あ、帰るの? じゃーねー?」
先の質問の意図が図り切れていないだろう、少し小首を傾げながら手を振ってくるクロードと、その横で複雑な表情をしながら小さく同じように手を振る母親。
その二人の姿を一瞥し、
「……さようなら」
直接、
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