第364話 真実 25

 ――薄々感じていた。


 そう言われるのは、ある種、確信めいていた。

 先の昔話をされた時、この提案をしてくる気はあるのだと気が付いていた。

 だけどずっと気が付いていないフリをしていた。


「……どうしてそんな要求をするのか、聞いてもいいですか?」


 平静を装うとしたのに、声が震えてしまった。

 知っていてもショックは大きかった。


「理由は三つあるわ」


 そんなコンテニューの様子を見て見ぬふりをしているのか、はたまた口にしている自身が実は余裕がないのか、平坦な口調で母親は語る。


「一つ目。私の死が無いと、あなたという存在が生み出されていないから。私が生きているのならば、ルード国への復讐心が芽生えないでしょう?」


 クロードは母親を殺されたことについて、ルード国――正確にはルード国が所持する『ジャスティス』への恨みを持った。その恨みが無ければ当然復讐に立ち向かうことも無ければ、『正義の破壊者Justice Breaker』なんて作ることもなかった。

 ルード国との戦いに赴くこともなかった。

 ――マリーの乗っているジャスティスを破壊することもなかった。

 その慟哭から生まれたコンテニューという存在が生まれることもない。


「だから私の死が、今、ここにあなたがいることに必要……という矛盾しているようでしていないことになっているのよ」

「確かに、そうですが……」


 それは回避できる手段がある。

 そう。

 母親が死んだふりをすれば良いのだ。

 そうすればクロードは復讐心を持ち、母親は生き残ることが出来る。

 そのことを口にしようとした時、


「二つ目」


 間髪入れずに、母親はこう続けてきた。


「私の死がないと、


「……っ、それは……」

「気が付いていないと思っていたの? それとも――あなたが気が付いていないことを私が気が付いていないとでも思っていたの?」

「……」


 言われた通りだ。

 コンテニューがこの計画を立案した際、どうしても確定させなくてはいけないことがあった。


、よね?」


「……正確には『あなたが死んだと思われた後にも異能が残るか否か』について、です」

「そうね。だから私が死ななくてはいけないのよ。私が死んだ後の世界では、どうやら私の異能による効果……あの孤児院の子達の記憶はきちんと封じられていたようだしね」

「……だから、あなたが死んだと思われた後の」

「それだと意味がないことは理解しているでしょう?」

「……」


 その通り。

 必要なのは『死んだ後も残るか』である。

 死んだように見せかけて、では意味がない。

 それは理解している。

 だけども――


「それならそれで、別な方法を――」

? それは非現実的じゃないの?」

「それは……」


 思わず俯いてしまう。

 母親の言うことはもっともではあるが、実は一つだけ可能性がある。但しそれは不確定要素であり、出来るか否かはかなり先にならないと分からない。

 それにコンテニューは心に決めていた。

 自分は幸せになる。

 手の届く範囲でのみんなの幸せも求める。

 そう、何を犠牲にしても――


「……そうだ、そうですよ」


 コンテニューは顔をパッと上げる。


「そんなことは僕が望んだことになりません」

「……え?」

「僕の頭の中を覗いたなら判るでしょう? 僕が何を望んでここまで来たのか。過去に戻ってきたのか。別人になってまで生きているのか」


 机を強く叩いて立ち上がる。


「僕の望んだ世界は皆が幸せになる世界です。だからあなたが犠牲になる必要は――」


「――最後、三つ目の理由を言うわ」


 そこで、母親はそう口を挟んできた。

 ここで二つ目の理由を口にする理由。

 それはただ一つしかない。


 コンテニューの望みを否定する為。

 そして――肯定する為だ。





「……っ!」


 予測通りの言葉に、自身の息が詰まる。


「……不老不死、とは厳密に違うけれど、永く生きていると望むことはこうなっていくものなのね。そのような創作物を幾つか読んだけれど、その登場人物に激しく共感したわ」

「どうして……?」

「人間ってね、永くは生きられない生物なのよ。さっきも言ったけど、身体は擦り減らなくても、精神は摩耗し擦り切れていくのよ。私が笑えなくなったのもその一因。死ぬことが出来ない、戻されるっていうのはそれだけストレスになるのよ」


 自分の頬に手を当てる母親。


「死ねない。だから死にたい。だけど死ねない。また死にたくなる。……そのループの繰り返しの中、そのループから抜け出すキッカケが見い出せた」

「僕が経験した……あなたの死、という出来事……」

「そう。私は死ぬのよ。そこから先に私は登場しない。――誰かが偽装しなければ、ね」


 釘を刺された。

 偽装の手段は取れるが、それは望んでいない。

 そのように婉曲えんきょくに――明確に口にされた。


「でも……それでも……」


 コンテニューは否定の言葉を口にしようとする。

 だけど、出来ない。

 それは自分が軽々に語ることが出来ないことを理解しているからだ。


「それでも……僕は、嫌なんです……」


 既に論理的ではない。

 感情的でしか、彼女を止める言葉が出てこない。


「あなたが生きていてほしい……どれだけそれを願ってきたか……どれだけ望んで来たか……どれだけ……夢に見たか……」

「……そうね。その気持ち、ひどく理解出来るわ。私だってあなたと過ごしたいと思うわ」


 母親は瞠目どうもくしながら、滔々とうとうと語る。


「私だって一緒に生きたい。あなたがきちんと成長して、学校の卒業式に出て、反抗期には喧嘩もするかもね。でもきちんと向き合って、きちんと大人になって、仕事について、一緒にお酒を飲むこともいいかもね、そして可愛い奥さんを見つけて……マリーちゃんかしら? それとも別の子かしら? その子と結婚して、仲良くできるといいわね、私とも。私はそこまでうるさく言わない継母になるからきっと仲良くなれると思うわ。あといつか孫が出来て、その顔を見て……その膝に乗せて…………そこまでは……生きていたいなあ……」


 途中から涙声が混じってきた。

 声だけではない。

 その両目からは透明な雫が零れ落ちていた。


「だったら――」

「……だけど、駄目なのよ」


 鼻を啜り、掌で涙を拭って、母親は強く首を横に振る。


「それは私にとって望み過ぎなのよ。私は元々、この時代まで生きているはずがなかった人間なのよ。だから本来は生きてはいけないの。こんな光景だって……本当は、見られなかったのだから」


 クロードを生み。

 その子と共に平穏に暮らす。


「これ以上生きれば、どんどん高望みをしていく。だけど同時に……私は死なないけれど、どんどん、知っている人が先に死んでいく……その苦しみも味わっていくのよ……」

「……!」


 その言葉にハッとする。

 母親は明言しなかったが、この『知っている人』の中には、息子である自分も含まれている。


『親より先に死ぬことが、最大の親不孝である』。


 どこかで聞いたこの言葉が急に脳を過った。

 そして、自覚する。

 自分は親不孝者だということを。


「だからね……これはもう、お願いとしか言いようがないかもしれないわ」


 母親はこんなにも悲しんでいる。

 それをさせているのは自分だ。

 ズキズキと内心が痛む。



「だから計画を遂行した後に……迷わない内に――、あなたの手で殺してくれないかしら……?」



 左胸をぎゅっと抑える。

 自分の親不孝ぶりに嫌悪感すら抱く。

 こんなことを母親に口にさせるなんて、とんだバカ息子だ。

 だけども。

 母親は頑なにコンテニューの所為にはしなかった。

 コンテニューの為にはしなかった。

 敢えて、自身の望みだ、ということを強調している。

 それ自身も本心であることは間違いではない。

 しかしながら、そうすることで、コンテニューの罪悪感を減らそうとしている。

 その心遣いも見えていた。


「僕が……やらなくてはいけないのですね……」


 問うてない。

 確認するだけだ。

 自身で口にして、確認するだけだ。



「今まで自死でも死ねなかったあなたが死ぬことが出来るのは……僕という――あなたの息子ながらあなたよりも想像力が強いが故に強力な異能となっている僕が、いるから、なのですね」



 母の話を聞いた瞬間から疑問に思っていた。

 この時代まで不死の状態であったのに、ジャスティスに踏み潰されて死んでしまうということはどういうことなのか。

 単に『革命歴173年までその命があることが確定しているというだけで、それまでに死ぬことは出来ない』――ということだと推察していた。

 それは正しいのかもしれない。

 今は革命歴173年で、この時点で自死すれば、母親は命を落とす可能性が高い。


 ――だけど。

 それでも敢えてああ言った。

 それが母親の意向であることを察していたからだ。


 母親を超える異能を持っている。

 だから母親を殺せた。


 この理論を成り立たせる為に、自分の手で殺すこと求められた。



「僕は……



 母親もコンテニューの経験から読み取っていたのだろう。

 クロードとライトウ。

 この二人は母親の異能を、彼女の死後に解除している。

 それぞれそうなるような理由は思い当たるが、死後も異能が解除される場合がある、という懸念点は残ってしまう。

 だから、自分の異能が母親よりも強い異能であることが――母親を超えることが必要である。

 そのことを手っ取り早く確証にする方法。

 それが、母親を自身の手で殺害すること。


 だから酷だと分かっていたとしても、母親はコンテニューの手で殺すことを望んだ。

 実の息子に殺害される。

 それも一つの罰であり、そして母にとっては――救済である。


(……そう思わなくちゃやってられない)


 正直な気持ちだった。

 自身はこれまで、復讐心で生きてきた。

 ジャスティスに対して――母親を殺した対象に、憎悪心を抱いてここまで来た。

 だけど真実は、全て自身の手で行われていたということになる。


 自身の手で母を殺し。

 復讐心に身を宿し。

 その為に多くの手の届く範囲での命を犠牲にし。

 それを救う為に過去に戻り。

 救おうとしても、それは救いにならず。

 そして――再び母を殺すことになる。


 何というループだ。

 逃れようのない業だ。


(……僕は……背負わなくてはいけない)


 コンテニューは背負わなくてはいけない。

 この事実を。

 この真実を。


 今度はコンテニューが頭を抱える番であった。

 母親と同じように唸り、髪をくしゃくしゃにし、座り込んで机にっ突っ伏す形になる。

 同じだ。

 母親と同じだ。


 ――いや、違う。


 母親の方がもっと苦しんだ。

 もっと考えた。

 その上で、イエス、という残酷な答えを出してもらった。


 ならばこちらの答えも一つしかない。

 一つしか、選択できない。


 覚悟を決めなくてはいけない。

 何もかも矛盾を孕んだ存在であるコンテニューというこの現身で。

 矛盾がある行動をしなくてはいけない。


 自らの手の届く範囲の人達の幸せを求める為。

 真っ先に自身の望む幸せを捨てることになる。



「……分かり、ました……」



 突っ伏したまま。

 コンテニューは蚊の鳴くような声で返答をした。



 母親を、この手で殺害することを。

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