第363話 真実 24
◆
コンテニューは告げた。
これから自分が行うこと。
母親にしてほしいこと。
その詳細を口で伝えた。
全てを聞いた母親は、
「……残酷なストーリーね」
と口にした。
「先の私の話を聞いてなお、その筋書きは変えないのね?」
「ええ。先の話を聞いて尚更、今回の話をお願いしたいと思いました」
「それは……私が実行出来るという確証を持てたから?」
「実行に関して、不可能ではないと思ったからです」
「その言い方は……そういうことね」
大きく息を吐く。
コンテニューも理解していた。
自分が言っていることが、どれだけ母親にとってひどいことなのか。
先の話を聞いて、それは尚更、嫌というほどに理解していた。
それでも――
「それでも……僕はやらなくてはいけないのです。だからお願いします」
「……幾つか、聞きたいこと、伝えておきたいことがあるわ」
返答はイエスでもノーでもない。
母親は頭を下げたコンテニューに、無表情で問いを投げてきた。
「一つ、どうして私なのかしら?」
「その質問は――『どうして僕じゃないのか』という意味合いで捉えていいでしょうか?」
「……言い難いことを言うわね」
少しだけ眉を歪めた後、母親は渋々と言った様子で答える。
「ええ、そうよ。先の話はあなたでも実行出来るじゃない。でもそこで私に頼む理由は何?」
「一つは、僕という存在が曖昧だから、というのが理由です。曖昧な理由は……言わなくても分かりますよね?」
コンテニューという存在は、クロードから分離したものである、というのが自身の推測である。それが正しいかどうかは、今は分からない。
分かるのは数年先の、あの――ルード国での戦闘の時だ。
「だから『お願いしていること』は僕では実行できない可能性が高いというのは理解していただけますか?」
「それは……分かるけれど……」
「言ってしまえば、僕以外で未来に行くことが出来る人であれば誰でもいいのです。何なら――クロードでも構わないんですよ」
「なっ……息子を脅すなんて卑怯……って、あなた自身を脅す、ということだから訳の分からない構図になるわね」
はあ、と深く溜め息を吐いて額に手を当てる母親。
そんな彼女にコンテニューは、はにかんだ笑顔を向ける。
「というよりも今気が付きましたが、説明をするまでもなかったですよね? 僕の今までを覗いてきたのであれば」
「……実はね、あれって一気に情報を入れているから、フィルター掛けないとある程度把握できないのよ。だからちょっと待ってね」
そう言って母親は数秒間目を閉じると「……ああ、そういうことね」と短く首を振った。
「既に実行しているのね」
「はい。そしてことごとく、未来に飛んだ時点で時を戻されました」
本当だったらコンテニューだってこんなことを母親に依頼したくなかった。
だけど、出来なかったのだ。
どれだけ実行しても、どれだけ工夫を凝らそうとも、未来に飛んだ瞬間に過去に戻された。
もしかしたら目的の時間軸に飛ぶこと自体が出来ないのかもしれない。
「それが未来に飛ぶこと自体が駄目であった可能性がありましたが、あなたの話を聞いてそれはないと思われました。だったら――僕がその時系列、その場所にいることが出来ない、ということが正しいのではないかと思われます」
「だから私にやってほしい、と」
コンテニューは首肯する。
この事実が何を指すのか、今は分からない。
だけど今はそんなことを考える必要はない。
真っ直ぐに母親に視線を向け続けていると、彼女は再び眉間に皺を寄せる。
「……それに私にだってもしかしたら出来ないかもしれないわよ? 計画自体が実行出来ないもの、という可能性もあることは承知しているわね?」
「承知の上です。その場合は別の方法を考えます」
「即答、か……決意は固い、ということね」
一際深い溜め息を吐く母親。
「……普通なら絶対に断るのに、息子からの願い、っていうのが色々複雑ね。しかもその計画の内容自体も……私にとっての……これ以上の無い罰だわ……」
段々と声が沈む。
その理由は分かっている。
誰だって分かる。
自分が母親だったら――母親というものを知らなくても――どれだけ酷いことを提案しているのかも分かっている。
「どうしても……やらなくてはいけないの……?」
母親の悲痛の声。
思わず、やらなくてもいい、と返しそうになる。
だけど、それは堪えなくてはいけない。
「やらなくてはいけないです」
間髪入れずに口に出す。
まるで躊躇が無いように見せる為に。
「これが僕にとってのケジメなのです。復讐心とはいえ、世界を混乱させたのは事実です」
「……その言葉を口にされると、反論は出来ないわね」
母親は髪がくしゃくしゃになるまで頭を抱え、机に突っ伏して唸り声を上げる。
その葛藤の間、自分はずっと真っ直ぐ見つめていた。
母親のその姿は見たくなかった。
それでも、その姿をさせたのは自分だ。
これは自分にとっても罰だ。
だから目に焼き付けろ。
自分が苦しめているんだ。
これだけ苦しめているんだ。
ならば命を懸けて、目的を果たしてみせろ。
都合のいい物語を紡いでみせろ。
知っている人が幸せになれる未来を、創り上げてみせろ。
「……分かったわ」
どれくらいの時間が経っただろうか。
髪もくしゃくしゃで、目元もボロボロで、嗄れた声で、母親はそう言った。
この様子だけでも分かる。
苦渋の決断だったということが。
「……ありがとうございます」
「――但し」
と。
母親はそこで人差し指を立てる。
「一つだけ条件があるわ」
「条件……?」
「ええ。あなたの作戦を実行するにあたって、私からの要望に応えてもらうこと。それが条件よ」
そう言って母親は居住まいを直し、真っ直ぐとこちらに目を合わせてくる。
真っ直ぐ。
迷いなく。
嫌な予感がした。
ハッキリと頭の中で警鐘が鳴る。
「その条件とは、あなたの計画を実行した後に、必ず――」
その予感通り。
自分の理想が崩れる言葉を、母親は告げてきた。
「あなたが私を――殺すことよ」
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