第362話 真実 23
◆
「――それから私は一度、道中の孤児院であなたを預けようとしたわ。私と一緒にいると危ないと思ったから。けれど結局、あなたが私と同じ能力を発現していると気が付いたから、誰かの元に置くのは駄目だと判断したわ」
ふう、と一つ息を吐いて母親は両手を膝に置く。
「以上がこの場所――アドアニアに来るまでに私がやってきたことよ。これをあなたには聞いてほしかったの」
「……どうして僕に話したのですか?」
コンテニューは思わずそう訊ねてしまっていた。
母親はこのことを話して、何を求めているのか。
――それは分かっていたのに。
だから慌てて別の質問に変えた。
「いや、それよりも……さっきの出来事も含めて全く覚えていませんでした。それも含めて、記憶を消去したのですか?」
先の研究所でのやり取り。
そもそもルード国にいたこと。
子供の時の記憶とはいえ、これだけ印象的な出来事がすっかりと抜け落ちているのは絶対におかしい。
ならば母親が何かを自分にしたというのが正しいだろう。
ライトウ達の孤児院での出来事は彼の記憶は、母親が消去したと言っていたのだから、同じようにしたと容易に想像が付く。
「ええ。そうよ」と予想通り母親は頷く。「先にも述べたけれど孤児院での出来事の後、あなたの記憶を消したの。それは研究所での出来事も含めてね。辛い思い出だったし、何より、あなたの異能を封印する為にね」
「異能を封印する為、ですか……?」
「あなたの異能はとても強力……といっても私と同じなのよね……でも、あなたの想像力によってより強力になっていたわ。だけどそれを制御できる心がまだ育っていない。それに私の異能で封じたとはいえそれがきちんと効いているか分からないじゃない。だから私から離すことは止めたのよ」
「そうか……だから今まで、そんな異能を持っているだなんて思わなかったんだ……」
もし過去の記憶があれば、自分にも使えるかも、と思ってその封が解かれるかもしれない。自身の記憶の中でそのように思ったことは一度もなかったので、それは母親の努力が功を奏したと言えよう。
クロードの前では、彼女は異能を使わなかった。異能を想起させる行為も見せなかった。
だからこそクロードは『無能力者』と思われ続け、実際『無能力』であった。
――あの時まで。
「……そういえば」
と、母親はふと思案顔になる。
「あなたの異能について、あの時のセイレンは知っていたのかもね……今思えばあの言動も、それ故にクロードの能力を引き出そうとしたようにも思えるわね」
「それはそうかもしれません」
コンテニューは首肯する。
「思い出した範囲でうろ覚えですが、孤児院で自分は『ロボットの作り方』を誰かに……恐らくセイレンでしょう、に異能を用いて正解不正解を判断させられていたようです」
「そうなの……ああ、その時に『おちかづきのしるし』とかいう東洋の風習まで都合のいい形で教え込んだのね……本当に最悪だわ……」
頭を抱えて、少し乱暴にクッキーを自分の口に放り込む母親。そんな彼女の様子は、本気で後悔しているようであった。
「……聞いてもいいでしょうか?」
「ん、なあに?」
「どうしてセイレンを生かしたのですか?」
「……完全に失策よね」
深い溜め息を母親は吐く。
「でも、どうしてもあの時にトドメを刺すことは出来なかったの。人を殺す覚悟が出来ていなかったのもあるし、ここで殺したらあいつと同じになると思ったり、あとは……言われた、武力でしか世界平和にならない、っていうのが図星で、それを肯定したくなかったっていうのもあるわ」
「……」
「情けないわよね、本当に。それだけの理由の為に後に禍根を残す結果となったなんて……」
「……一つ、いいですか?」
ここまでの話し方で違和を覚えた箇所がある。
母親のこれまでの生き方と、実際に出来ること。
口ぶりからそれらをやらなかったように感じる。
だから敢えてこう問うた。
「あまり良い質問ではないですが……何で死ななかったのですか?」
「……言い方もひどいわね。でも当然の疑問ね」
相変わらず笑わなかったが、柔らかな口調で母親は返す。
「……死んで過去に戻れるのならば、何故死ななかったのか、ということよね? 初めてじゃないから自身の死を怖がった訳でもないはずだし、かといってもう戻っても無駄だと諦められることでもないのに――って所かしら?」
「ええ、その通りです」
自身の経験からも、戻される時間には差があった。一時間であったり、一日であったり、はたまた一週間であったり――戻される際には特定の時間軸に戻されてはいたものの、どの時点で死んだり失敗したらどこまで戻されるのか、というのは法則性も不明であった。
「今回も判明した後にすぐに自死すれば、もしかしたら父親を失う前に戻れたかもしれないじゃないですか。もしかして、試した結果、駄目だったのですか?」
「いいえ。試していないわ。それどころか、あの時から一度たりとも死んでいないわ。だって――」
すると母親はふと立ち上がり、こちらの背後にまわり込むと、
「あなたがいたからよ」
後ろから抱きしめられた。
背の無い椅子だったからその感触は直に伝わる。
柔らかく、そして安心する。
先は泣き喚いたがゆえに思いまで至らなかったが、それでも今は確かに思った。
自分は母親が大好きだ、と。
ここまで安心感を与えてくれる存在は他にない、と。
再び涙が出そうになる。
それを助長するかの如く、母親は言葉を紡いでくる。
「私は今まで一人だったから、死んでもどうだっていいと思っていた。だけど……ここで私が死んだら、残された幼いクロードはどうなるのか、って思ったの。私自身はまた新しい世界に行くだけだけど、この世界の幼いクロードは独りで、父親も母親もいなくって……勿論、その世界がその先も続いているかなんて分からないわ。だけども一度そう思っちゃったら、私は自死を選ぶことが出来なくなってしまったの」
「俺の……為……」
「だからどんな辛いことがあっても、自死を選ぶことは出来なかった。あれ程までにやらかして死んでしまいたい気持ちになっていたけれども……でも、それでも選ばなかった。安心できないと……クロードが独りじゃなくならないと、どうしても死ねない、ってね」
母親の声は震えていた。
抱きしめている身体ごと。
故に伝わってきた。
どれだけ辛かったのか。
――どれだけ辛いのか。
「だけどこうしてアドアニアに移住して、あなたに仲のいい友達も出来て……そうしたら今度は、この生活を手放したくないって思っちゃった。だから今は良い意味で自死する訳にはいかない、って思っているのよ。
……思って――しまっているのよ」
「……お母さん?」
「……何でもないわ。ごめんなさいね」
何でもない、というが、最後の言葉に引っ掛かりを感じた。
頭の隅で警鐘が鳴る。
分かっているのに、分からない振りをする。
しかし、それも誤魔化せなくなっているのも理解した。
いずれ、というよりも、すぐにその時は来る。
その話を切り出されてしまう時が来る。
その不安を予感として抱えて下を向いた直後に、母親は自分からスッと離れ、自席に戻る。
その際に涙を手で拭っていたことを、コンテニューは見逃さなかった。
見逃していた方が良かった。
その方が――心の準備が出来なかったのに。
「さて……質問は終わりでいいかしら?」
一つ鼻を啜り、母親は問い掛けてくる。
コンテニューは口を噤んだまま首を縦に動かす。
その返答を見た母親は深呼吸を一つ行って、
「じゃあ――ここからが本題ね」
――母親の声のトーンが変わった。
ついに来た、と思った。
ここまで話をしてきた。
されてきた。
それらは単なる過去話をしに来たわけではない。
全てはここから。
ここからの話の為だ。
そして。
母親はこう切り出してきた。
「先の私の話を踏まえた上で、あなたがこれから私にしてほしいことを、明確に話しなさい」
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