第360話 真実 21
◆
さて。
船の話はここでお終いよ。
え? っていう顔をしているわね。
この船での出来事っていうのは、目的としていた暦に近づいていたのにセイレンと遭遇することで表舞台に引き上げられてしまった、ていうことが主だからね。
結局はあの船旅では黒い箱本体は見つからなかった。
見つかったのは、未来の夫だけだったわ。
……え? っていう顔をしているわね。
いや、だって途中で唯一の男性に言及したのだから、彼に何かあるのは分かるでしょう? でもあなたさっき「惚気話はいいです。親のそういう話を聞かされる精神的に成人に近い子供の気持ちを考えてみてください」って言ったじゃない。それも同じ話になるわよ? ここからその出会いについて語ると五時間くらいは見ておかなくちゃいけないわよ? あ、口が乗ってきた。話しましょう。船長だったあなたのお父さんはその船旅での嵐になった時に…………あ、やっぱり駄目? そう……
じゃあ話を先に進めるわね。
結局、その船でセイレンと夫を知り合ったことで船を降りた後、私はルード国に身を宿すことになった。
そしてセイレンと、とある共同研究を行うことになったわ。
その内容は――『黒い箱から命を守る方法』。
黒い箱そのものはなかったけれど、黒い箱の欠片と思われる物質はあの船旅でいくつか入手できたの。異能を奪う力は無かったけれど、ほんの数ミリの欠片でもそれ自体も命を奪う効力を有していたわ。私だけが探索に回ることが出来ればよいのだけど、ひどく効率も悪いという理由と、強い意思があれば防ぐことは出来るとはいえ、海中で見つけた時にルード国の雇用者……最終的には私まで知らせるということになるのだけど、仮に約束事を作っても作業者の命の保証はないというリスクもあったわ。それに距離が離れていても安全ではない可能性があるというのは欠片の大きさに起因するのは見えていたので、何かその効力を防御する策を講じなくてはいけないというのは分かっていた。
因みに余談だけれど、デメテルは『動物の命を奪わなかった』という言い方をしていたけれど、それは間違いだったわ。研究の結果、人間に近い哺乳類はその適用範囲外であったことが分かったわ。だからその動物で検証実験は行ったのよ。……だからといって倫理的にあまり良いことではないけれどね。
そんな研究はルード本国から少し離れた場所で、科学局の面々でひっそりと行われた。私がユーナ・アルベロア……魔女であったことはセイレンとその周辺のごく限られた関係者しか知らされていなかった。
検証には多くの時間を割いた。
何回も実験し、何回も失敗し、それでも前に進んでいく。
人の命がかかわることだから慎重に。
ゆっくり。
ゆっくりと、時は流れていった。
……穏やかな日々だったわ。
四六時中研究していた訳ではないし行動を制限されていなかったから、私は自由に過ごすことが出来たのね……それこそ、恋とかも、ね。だからこの時に夫と入籍して『アルベロア』から『ディエル』になって……私には戸籍が無かったけど、それもセイレンが用意してくれてね。……これだけは感謝しているわ。これだけ、だけどね。近くに家も持って一緒に暮らして……といっても夫は調査船以外の仕事でも普通の船乗りの仕事を生業にしていたから、家にいる期間は少なかったけれど。
やがて――幸せを、私は手に入れた。
クロード。
あなたが産まれたことよ。
産んだ時はかなり苦しかったわ。
数百年生きてきても一番、ね。
だけど産まれてきたあなたを見た瞬間。
数百年で一番、嬉しかった。
正直、数百年前に姿を見た時にはここまでの感傷は無かった。
だけど自分でお腹を痛めて、実際に元気に産声を上げた瞬間には、涸れていたと思っていた涙が、それこそ何百年ぶりに自然と出てきていたわ。夫もちょうど船が港に着いたタイミングで、全速力で駆けつけてくれて……かなり喜んでくれてね。
今だから言える。
この時が幸せの絶頂だったわ。
……そういう言い方をするということは、この先に続く言葉は分かっているわよね?
そう。
その幸せは、そう長くは続かなかったわ。
あなたが四歳の頃まで、話は進むわ。
産まれたあなたを世話しながらだったから研究は遅れたわ。だけど、文句を言う人も、煽ってくる人もいなかった。ちょうどセイレンも子供……どこでいつ作ったのか本当に不明で、どこに預けているのか見たことは一度もないんだけど、そういう事情もあったからなのかもしれないわね。
……だからこそ罪悪感を覚えてしまったというのもあるわ。
私はあなたが四歳になった同時に研究所の保育施設に預けて、今までの遅れを取り戻そうと研究の方に没頭してしまった。
だから気が付かなかったのよ。
夫が今までより長く帰ってきていなかったことも。
そして――あなたとセイレンが会っていたということも。
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