第359話 真実 20
◆
「……と、いうことで、今回の調査に当たってもらうわー。質問はー……ないわねー?」
一通り説明を終えた所で彼女が満足そうにそう頷いたのを、ぼんやりとした記憶の中で覚えているわ。そこで不明瞭なのは、私の思考がどこかに置いていかれていたからよ。老いてイカれていたのかもしれないけれどね。……言葉だけじゃ判らないしあまり上品な言葉でもないわね。失言だったわ。ごめんなさい。
それはさておき――あの時の私は呆けていたのは事実だったわ。
理由は先に述べた通り、彼女がデメテルに似ていたから……って、セイレンのことを知っているんだっけ? 口調から嫌な予感はしていた? やっぱりまだそんな感じなのね。あなたの記憶の節々からこっちも嫌な予感はしていたけれど。……色々な意味でね。
でも、あの時の私はそんなことを思いこみで打ち消していて、普通に好意的な視線で見てしまっていたの。
――デメテルと同じ、ってね。
さて、話を戻すわね。
「……さん……リアさん……?」
呆けていた私は声を掛けられていることに気が付くのに時間が掛かった。
偽名であったことも作用していたのは間違いない。
「おーい、リアさん? リア・ダンブロさん?」
「……わ」
「あはは。こんなに驚いた感がない驚き方をした人は見たことないねー」
覗きこまれてようやっと意識を戻した私に、その覗き込んだ彼女――セイレンは、愉快そうに頬を緩めた。
「あ……ごめんなさい。船に乗るのは初めてで、ついぼーっとしてしまって……」
「ん、まあ仕方ないよねー。ここに来た人みんなそうらしいけどねー。というかそういう人しかいないんだけどねー。あ、でもみんなもう自分の部屋に行っちゃったよー?」
「え……?」
周囲に彼女以外誰もいなくなっていたことをその時に気が付いた。あまりにも間抜けな醜態を晒してしまっていたわね。普段はこんなんじゃないんだけどね。……本当よ?
「あ……すいません。私も戻ります」
「んー、いやいや、私もあなたと話したかったからねー。あ、よろしくよろしくー」
「よ、よろしくお願いします」
急に手を握られた。彼女と違って積極的な子だな。天真爛漫だな――くらいに思っていたわ。
……だけど。
ここからの行動で、その印象はガラッと変わったわ。
「ねえ――ユーナ・アルベロアさん?」
「……え?」
あまりにも唐突に本名を告げられて、かなり動揺してしまった。だが口と顔だけは、何を言っているんだこいつ、というような反応と差が無かったはずだ。
しかしながら、更なる予想外な出来事が重なってくる。
「あ、やったー。当たった当たった! ひゃっほう! 本当にいたんだ!」
セイレンはまるで確証を得たかのように跳ね上がりながら部屋の中を駆けまわる。
その姿を見ながら、私は少し落ち着きを取り戻し、余裕を持った返答を行う。
「当たったとかって何のことですか? ユーナさんって誰ですか?」
「誰って貴方のことじゃないー。とぼけちゃってぇ」
「ち、違います。私はリアです。リア・ダンブロです」
「んん? そうなのかい? んじゃー、もう一回」
と、彼女は再び私の手を握ってきた。
「リアさんって偽名でしょ? 本名はユーナ・アルベロアさん。長年の時を生きた女性よね?」
「違います」
「やっぱり当たっているじゃない」
破顔するセイレン。
「声と言葉と表情は流石といった所だけど、でも――身体は嘘を付けていないわね」
その言葉で気が付いた。
先程から手を握っていたと思われていたその行動。
よく見れば彼女の人差し指が伸びており、こちらの脈がある手首に当てられていた。
……案外気が付かないモノよ。別な所に意識が集中していると。
「他の人にも同じように質問をしたけど、でも、あなたみたいな反応は――ああ、勿論身体の反応よ、それは無かったわー。これで言い訳がしようがないわねー? ねえ? ユーナさん?」
「……どうして分かったの?」
「あはっ。やっと認めてくれたー」
私は認めてしまった。
今考えると、もしくはブラフだったのかもね。
だけど、これ以上の押し問答は無駄だと思わせる何かがあった。
そんな彼女は唇の下に人差し指を当てて答える。
「んー、何で分かったというか……あまり気を悪くしないでねー。噂話レベルなんだけど、今回の沈没船騒ぎには昔に『魔女』が関係しているってあってね。そこで『魔女』と呼ばれているあなたがそれに関わろうとしないかなー、って思ったのよ。伝承レベルだったけど、ユーナさんは『魔女』って呼ばれていたから」
「だから……今回、誰彼構わず女性を求めた、ということ?」
「そういうこと。あ、でも沈没船の話は捏造じゃないよー。そこに手がいるのも本当だよー。でも、だからこそ本気であなたが来ると思っていたんだけどねー」
「……」
見事なまでに引っ掛かってしまった、ということだった。
あれだけ見えていた釣り餌に引っ掛かってしまったということね。
船の上だけに。
……あ、ごめんね。マザージョークよ。余計なの挟まないでください? 可愛い顔をして辛辣なことを言うのね。はいはい。分かりましたよー。
閑話休題よ。
「……私をおびき出してどうするつもり?」
私はセイレンを訝しんだ。
今まで私を利用しようとした人間はたくさんいた。だから彼女もその一人だろうと思って、もしそうであった場合は自死して過去に戻ろうとさえ考えていたわ。
だけど彼女は、少し違った。
「――世界平和の先を見る手伝いをお願いしたいのよ」
「……はあ?」
目を輝かせて先の言葉を告げた彼女に、私は呆けた声を放ってしまった。
利用しようとしているのは同じだが、その前の言葉。
「世界平和って……どういうこと?」
「今って世界中で冷戦状態じゃない。というかちょくちょく戦いが起こっているじゃない。だからさ、思う存分、この世のありとあらゆるモノが探究して研究して追究出来るように、世界平和の先が見たいのよー」
「……」
この際、私は相手の本音が見えるように異能を用いていた。
だからこそ驚いた。
この言葉には、一片の嘘が混じっていなかったのだ。
「……いいわ」
「え? いいの? あっさりすぎない? 何か物語のページをすっかりと抜かしてしまったかのような怒涛のスピードなんだけどー?」
「手伝ってあげるって言ったんだから文句はないでしょう? 手を貸してあげるわ。あなたがその目的を本気でいる限りね」
私はセイレンが驚く程に素早く了承した。
それは彼女の言葉に嘘が混じっていなかったこと。
それが世界平和という言葉であったこと。
最後に……デメテルに似ていたということ。
その要素で了解した。
――その要素だけで了解してしまった。
これが私とセイレンが手を組んだ経緯であり。
そして――私の最大の失敗であったわ。
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