第358話 真実 19

    ◆



 その前に一つだけ補足しておくわ。

 私はずっと、各地を転々として身を潜めていた。ずっと容姿が変わらない人間なんて目立って仕方ないからね。だけどこの身を利用してお金は稼いでいたのよ。気が付いていた? 今の私は全然働いていないけど、食べ物には困っていないでしょう? あれは昔から少しずつため込んでいたからよ。各国にあるから、もし出所不明の金品があったら、それは私の遺産ではあるわね。……ん? どうやってお金を稼いだか、って? それはあまり人には言えない……ああ、そういうのじゃないわよ。……分かった。ちゃんと言う、言うから。……あのね、私は情報を売っていたのよ。時には自死を選択して過去に戻ったりして、ね。あまりよろしくないってのはそういうこと。私は愚かだからそういうやり方しか思いつかなかったけど、でも、あなたにはやってほしくない。だからやっちゃ駄目よ。いいわね。

 ……うん。じゃあ話を戻すわね。

 そうやって裏でかなりの情報網を形成していた私の元に、とある情報が参り込んできたの。

 その情報とは、とある海域にて沈没船の中身を引き上げようとしていたら、その作業員が戻ってこない、所謂『幽霊船』のようなものがある、ということだった。

 また、その海域に最も近い国が、その『幽霊船』の正体を暴く為に調査員を募集しているということを。

 それを聞いた瞬間に、私は直感で悟ったわ。


 海。

 沈没。

 帰らない人。


 これはデメテルの黒い箱の影響だ、と。


 魔女の異能を消し、人の命を奪う箱。

 海に沈めたとだけ聞いていてどこにあるか不明であった黒い箱が、長年の月日を経て海の底まで人類を到達できる道具が作られたことによって、ようやく尻尾を出した。

 ――既に暦は『革命歴』となって百年を超え、当初の目的である173年が目前に見えてきた頃に、ね。

 どんな数奇な運命だ――と思いながらも、私はその調査船に乗り込むことにした。

 目的はただ一つ。

 あの黒い箱を破壊する為。

 デメテルが処理できなかったモノを、この手できちんと処分する為。


 だから私は乗り込んだ。

 そう。



 ――ルード国の調査船に。



 乗り込むのはひどく容易かった。

 ルード国では先の幽霊船の話は有名らしく、志望する人が極端に少なかったそうだ。その為に女性でも、更には身分が不確かでも容易に乗船することが出来た。普通は海中深くに潜り込むためには訓練などが必要なのだけども、それすらなかったから、どれだけ人員不足だったかは想像が付くと思う。

 集められたのは女性だけであった。

 もしかするとこの船は色々な考えで女性だけにしたのかも――とぼんやり考えていたのだけれど……この時に違和に気が付くべきだったでしょうね。色々と。

 今考えるとこの時の募集人員は、使い捨ての為だけだったのかもしれないわね。

 いや、かもしれないじゃなくて、そうだったのでしょう。


 だって――そういうことを平気で行う人物が雇用側にいたから。



「はーい、みんな揃ったわねー」



 調査船が出航してから数時間後。

 船内の狭い会議室に集められ、今回の趣旨について現場の偉い人から改めて今回の調査の説明があるというタイミングに、そんな呑気な若い女性の声と共に一人の女性が傍らに背の高い男性を引き連れて入室してきた。……今思えば、この人だけがこの船で唯一の男性になるわね。後でどんな気持ちだったか聞けばよかったわ。

 でも、その当時の私はそんなことに気が付く余裕なんて無かったわ。

 先の声の持ち主である、白衣を着こんだ女性――いや、見た目だけは少女、と言っても過言ではなかったけれど、その姿に私は正直に驚きを隠せなかったのよ。

 鮮やかな金髪の、整った容姿。

 あまりにもそっくりだったのよ。



 ――幼い頃のデメテルに。



「あたしの名前はセイレン・ウィズ。今回の『幽霊船』引き上げプロジェクトのリーダーなのよー。よろしくねー」



 セイレン・ウィズ。

 後のルード国の開発の全てを担う彼女と私は、この場所で出会った。

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