第357話 真実 18
◆
ふう、と。
そこで母親は一息ついた。
彼女はずっと自身の過去を語っていた。
凄絶な過去だった。
たった一人残った魔女。
時を弄り、罰を受けた魔女。
死や痛みを繰り返し、感情をすり減らしながら未来に進んだ魔女。
「……それで、どうしたのですか?」
そんな彼女が、きっかけを作った少女――デメテルをどうしたのか。
コンテニューは知りたかった。
――あたしを殺していいんだよ、ユーナ。
彼女のその言葉に、母親はどのように答えたのか。
貶したのか。
詰ったのか。
許したのか。
はたまた――殺したのか。
「――罰を与えたわ」
しかしながら母親が告げたその答えは、そのどれもに当て嵌まらず、どれもに当て嵌まるものであった。
「罰……? 殺したのですか?」
「ある意味、ね」
母親は無表情のまま、紅茶を口に運ぶ。
「私にとってデメテルは自由な存在だった。でもそれは開発の異能があったがゆえに自由であって、ただの女の子になった彼女は、無力な存在だったのよ」
「でも、話では結構、頭が切れる方だったようですが」
「……無力な存在だったのよ」
誤魔化した。
というよりも、意図的にそう上書きしてきた。
ならばこれ以上の追及は野暮だ――と判断し、コンテニューは長めに瞬きを一つすることで先を促す。
「で、そんな無力な存在になった彼女に、私はこう告げたのよ」
母親は少しだけ目を細め、こう言った。
「『自由に生きなさい。私に関係ない所で自由に好き勝手に生きなさい』ってね」
「自由に……」
「そうよ。完全に無力な女の子に――私に会うために色々していた彼女に、私はそう言ったのよ。『私とは関係のない所で』っていう条件を付けてね。そのまま部屋を退室して、二度とは彼女と会わなかったわ」
「それは……」
「ええ、分かっている。生かしているんだから、甘い罰、よね」
「違う」
コンテニューは神妙な顔で首を横に振る。
「それは甘い罰ではなく――『重い罰』ですよ」
「そんなことは……」
「ありますよ。デメテルさんは言わずもがなですけれど、お母さんだって自身の秘密を共有出来る人間を失い、孤独に生きるしか無くなった。デメテルさんと一緒なら耐えられる期間も多少なりあったはずなのに。だからお互いにとって自由に生きることは、一番やりたいことを封じられているので、自由とは程遠い状態にならざるを得ない」
いっそ殺してくれた方が楽。
いっそ全部許した方が楽。
だが、その両方とも選択しなかった。
一番楽な選択肢を取らなかった。
「……それでも、死んでいった人達は何も出来ないのに対して、私達は生きているだけ贅沢なものよ。だから私達だけは、絶対に、厳しいとは言ってはいけないのよ」
思っていたとしてもね、と母親は目を伏せる。
「それが私達がやったこと。決して許されないこと。誰も知らなくても、許す人がいなくても、それでも自制しなくてはいけない」
「……後悔はしていないのですか?」
思わず聞いてしまっていた。
言葉の節々から、その答えは分かっていたはずなのに。
「……後悔はしているわよ」
予想通りの答え。
「デメテルと一緒だったら、って何度も考えたこともあるわ。ううん。何度も、っていう話じゃないわね。何百回とそう思ったわ」
「だけど、そうはしなかったんですよね?」
「……そう。それだけは絶対に守ったわ」
「ということは、デメテルさんがそれからどうなったのかは知らないのですね?」
「いや、それは知っているわ」
「え……?」
「あの子はあの後、名を変えて革命家として活動していたわ。……どういう理由か分からないけれど、私が彼女に会いに行った時からそういう組織にいたのよね。まるで先を読んでいたかのように、だけど。ただの偶然よね、偶然」
「恐らくは偶然だと思いますが、きっとお母さんに知ってもらうために名を上げようとした結果でしょうね」
「あの子だったら先を読んでいそうなんだけれどね……」
それはさておき、と間を置いて、母親は少しだけトーンを落とす。
「彼女は革命家としてその人生を全うしたわ。……皮肉にも、最後は魔女として処刑されてしまったんだけど」
「え……?」
「魔女じゃなくなっていたのに、ね」
「……そうなんだ……」
色々複雑だろう。
話を聞く限り、デメテルは母親以外の魔女という存在を快く思っていなかった。
そんな彼女が――ただの人間として生きていた彼女の最後が、魔女として処刑される。
もしそんな結末だと知っていたら、母親はきっと止めていただろう。だけど、それが既に正史になってしまっているということは、母親も手を付くしたにも関わらずどうしようもなくなってしまったということに違いない。
「だから後悔しないようにしなさいね――というのが母親からの苦言よ」
「……分かりました」
大いに分かった。
母親の苦悩。
ひしひしと伝わってきた。
選択を誤って、誤って、正しい道を模索しながら、後悔だけが残る。
それが彼女の人生なのだ。
だけど。
きっと、それでも正解だったこともあるだろう。
そのことを伝えたくて――慰めにもならないかもしれないけど――憶測で、コンテニューはこう口にした。
「でも、きっとデメテルさんは後悔していないと思いますよ。彼女が革命家として最後まで生きていたのは、きっと、お母さんの『革命歴』を早く実現する為だったのですから」
革命歴が早く来れば来るほど、母親が苦痛を受ける期間が短くなる。
無為に生きるのは難しいことを、彼女は理解している。
だから早く『革命歴』という暦を確立し、母親の精神的負担を軽くする。
「そうね。それは間違いないと思うわ。……あの子、最後にこう言ったのよ」
大きく深呼吸して、母親は声色をすっと変えて腰に手を当てる。
「『だったらユーナの関係ない所で、ユーナに関係することをすればいいのねー』」
屁理屈だ。
だけども、正しい。
デメテルは自分に正しく解釈した。
母親も咎めることは出来ない。
「……ま、『革命歴』っていうのは結局、デメテルが処刑されちゃった後に他の人が付けた暦なんだけどね」
「えっ……?」
「だけど彼女が常々提言していたから『革命歴』って名前が残っていた事実があるから、デメテルのおかげ、っていうのは間違いはないんだけどね」
はい、とそこで手を一つ打って母親は先程より、意図的であろう、少し上げられる。
「これでデメテルとの話は終わり。こうして私は決して老いて死ねない身体になりました、っていうこと。だから貴方の何倍も、その辛さを知っているわ」
「……はい」
ぐうの音も出ない。
自身の辛さを理解してくれていることを、これ程までに実感させる手段などない。
痛い程に身に染みた。
そこから次の句が出ず、手持無沙汰になってしまった。
そこで先程から前に置いてあったクッキーを一つまみし、口に入れる。
簡単に砕け散り、甘味が口いっぱいに広がる。
懐かしい味だ。
これが好きだった。
……いつから好きじゃなくなったのだろうか?
いや、違う。
――いつから食べ物の好き嫌いに意識を向けなくなったのだろうか?
それはきっと、魔王になったあの時からだろう。
そこから、自分のことしか考えられなくなった。
復讐のことしか考えられなくなった。
ジャスティスを破壊することしか考えられなくなった。
だから食事なんていう些細なことに気を遣えなくなっていた。
(……それじゃ、駄目だ)
今の視野では、きっと駄目だ。
もっと広い考えを持たないといけない。
深い考えを持たないといけない。
それでいて柔軟な発想を持たないといけない。
そう、だから――
(
――ここで。
コンテニューの決意は固まった。
悩んでいたことも、実行に移すことに。
「――と、言いたいところだけど」
と。
母親は唐突に告げた。
「実はちょっとだけ、関係ある話が続くのよね」
「……はい?」
思わず笑顔が固まってしまった。
先程に行った内心の決意について再考しなくてはいけなくなるかもしれないじゃないか。その決意を決めた自分の内心でのキメ顔に対する羞恥心に相当する代価を返せ――と訳が分からないことを叫びたくなったが、すんでの所で押し留める。
「先程ので話は終わりでは?」
「あ、いや、その、永く生きることになった、という話については終わりなのよ。あれ以上は話すことはないわ。だけどあなたには――もう一つ、伝えなくちゃいけないことがあるのよ」
「伝えなくちゃいけないこと?」
「そう。この事実はあなたに話さなくてはいけないのよ」
そう言って母親は自身の前にあった紅茶を飲み、再び注ぐ。
それは、これから再び、短くない話が続くという意思表示であった。
「先の話から時は大分飛ぶけれど――そうね、ここからはこう切り出した方がいいわね」
一つ頷き、母親は再び語りを始める。
「続いては今から十数年前の話。
とある国の調査団が、とある海域の調査に乗り出したの。
……結果から先に話すわね。
長い間、海の底に沈められていたデメテル作成の『黒い箱』が引き上げることに――人の手に届いてしまうことになる。
先の話から続くというのは、この点よ」
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