第356話 真実 17

 デメテルは語り終えると、深く息を吐いた。

 肩の荷が下りたかのように、安堵の表情も少し見せて。

 辛かっただろう。

 吐き出せなかっただろう。

 彼女が口にしたのは、嘘は紛れていない。

 紛れもない、真実だった。

 その上で私は悟った。

 デメテルは自分の為に、ということを口にしていたが、それは違う。

 彼女は私の為を思って、反旗を翻したのだと。

 どう考えてもきっかけは、私が安易に未来に飛んで、そして三年後に戻ってきてしまったことだ。

 唐突にいなくなったから、大人達は恐れた。

 恐れたから、安心させる為に誰かが嘘を付いた。

 私を殺した、と。

 そして彼女の口ぶりから、私の両親はこの時点で他の大人達の手によって殺されていたのだろう。彼女の手引きで殺していないことは間違いない。

 私には判っていた。

 彼女は、私が悲しむようなことは決してしないということを。


「……そう」


 私はひどく無味な言葉を返してしまったと思う。その時のデメテルの表情が、ピクリ、と強張ったのをこの目で見たから。


「ああ、ごめんね。他意はないのよ。単純に、真実はそうだったのね、と感嘆の言葉が漏れてしまっただけよ」

「あ、そうなの。てっきり怒っているかと思ったわ」

「……」


 怒っている――とは言い難かった。というよりも怒る理由が見当たらなくなってしまっていた。

 最初は彼女を殺すつもりで来た。

 だけども、真実は思った以上に私に厳しくて。

 デメテルは私に優しかった。


「……ねえ、デメテル?」


 だから私は話を逸らすことにした。

 結論が出なかったから。


「何でも答えるって言ったわよね?」

「言っていないけど……まあ、いいわー。なあに?」

「どうしてあなたは私の名を名乗っていたの?」

「それはこうして貴方に会う為よ。貴方の名を知っているのは、もう、世界で貴方だけ。だからこう名乗れば、絶対に会いに来ると思っていたの」

「引き寄せて、どうするつもりだったの?」

「……ただ会いたかっただけよ、本当に」


 彼女ははにかんだ笑顔を見せる。


「だって、この瞬間まではどちらに転ぶかは分からなかったのだもの。本当に貴方が殺されてしまっていた可能性だってゼロじゃなかったし……あ、そうだ」


 そこで彼女は前のめりになる。


「結局、生きていたってことは未来に行けたのよね? どうだった? 結婚していた?」

「……実は……」


 そこで私は未来であったことを、正直に彼女に話したの。

 全てを聞き終わった後。


「……そうだったのね」


 デメテルは目を細めた。

 口元に笑みを湛えながら。


「ということはこれから先、少なくとも百年は貴方は生きているのね」

「……うん……」

「しかも若さを保ってなんて……羨ましいわあー」

「……は?」


 頬に手を当てて身体をくねらせるデメテルに、私は白い目を向ける。


「いやいや、デメテル、あなたは見た目にあまりこだわっていなかったわよね?」

「ふふん。気が付いたのよー。あたしは美しいってことにねー。あたしもってことよ」

「普通の女の子って……………………え?」


 その言葉で気が付いた。

『普通の女の子になった』。

 その文字通りに、彼女がなっているということに。


「まさかあなた……」

「そうよ」


 彼女は両手を開いて、にっこりと笑う。


「あの黒い箱を持ち歩いて皆の能力を消していったあたしのこの身には、もう『発明の異能』は残っていないわ」


「どうして……?」

「んー、ちょっと気を抜いちゃったからかな?」

「気を抜いた……?」


 私には信じられなかった。

 彼女が異能を失ったこと。

 それが気を抜いたから、という理由も。


「うん。あの黒い箱って、強い意思を持っていれば異能の力は取られないようにしたんだけど、でもちょっと異能の力を吸い取って行く内にどんどん強まってね。吸い取られちゃった。ついでに一般人の命を奪うようになっちゃった」

「命を……?」

「うん。あたしも予想外だった。魔女の異能ってやっぱり強いんだね。異能だけじゃなくて魂まで奪うようになるとは思っていなかったよ。あたしも死にたくない、って意思が無かったら途端に死んでいたわね」


 その言い方から分かることがあった。

 デメテルは、魔女の異能を保持する意思は気を抜いたがために無くなったが、生きたいという強い意思があったためにここにいる。

 きっと、彼女は魔女であることが嫌になったのだ。

 だから魔女であることを捨てた。

 だけど、生きたいと思っていた。

 それは多分……私と会いたいという思いだったのだろう。

 彼女の今までの言動から推察した結果であり、自惚れでも思い違いでもないはずだ。

 そのことを当時の私も流石に認識していた。

 故に、そのことについて口にすることは無く、少し軌道を外すような質問を投げかける。


「その黒い箱はまだ持っているの?」


「ん? ないよ」

「……ない?」

「そうよん。そんな気を抜いたら命を奪うような恐ろしい物を持っている訳ないじゃん。というか出来ないわよ。だから海の底に沈めたわよ」

「何で海の底に?」

「あの黒い箱って無機物の命は奪わなかったからねー。かといって有機物も動物の命を奪っていなかったから、人が確実にいない海の底に沈めたのよー。浅瀬じゃなくて、結構深い所にねー。だからもうあたしの手にはないのよー」


 あははー、と手を広げて私に笑い掛ける。


「つまりはもう、あなたの異能を奪う手段は持っていないし、あたしにはもう開発する手段はない。今あるのは過去に開発した残滓だけ。――だからね」


 と。

 そこで彼女はスッと目を細め、柔らかな声音で告げた。



、ユーナ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る