第349話 真実 10
◆
家に帰った私は、何もする気が起きなかったのでベッドに横たわっていた。魔女の村では教育者以外は働いていなかったわ。何でも魔法で出来るから。そしてその教師は私の両親だったわ。おかげで学校では目立ったいじめはなかったけれども、でも両親……あなたのおじいちゃん、おばあちゃんに当たるのね、その二人には迷惑を掛けたな、と思っているわ。今でもね。
話を戻すわ。
ベッドに横たわりながら、ぼんやりと思考していた。
「何でも出来る、か……」
その思考内容は、先程にデメテルとやり取りしたこと。
自分は何も出来ない、何も出来やしない、落ちこぼれ。
そう言われ続けた。
そんな私が、何でも出来ると言われても、実感が湧かない。
ただデメテルが励ましに言ってくれているだけ。
そう解釈していた。
だけども――
「……子供、出来ているのかなあ……?」
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけの好奇心が湧いてきた。
先にデメテルはこう言った。
『どんな人と結婚するのかを確認しに、時空を変化させて直接未来に居に行ったりすることも、貴方の異能なら出来たりするのよ』
妙に真剣味を帯びた声で言っていた。
「もしかすると……出来るのかなあ……?」
そんな気持ちになってきた。
乗せられてきた。
「……やって、みようか」
起き上がって、手を前方にかざしながら、異能を使うように意識を傾ける。
やれるかも、という気持ちは、正直に少ししかなかった。
出来るなんて思っていなかった。
ただ微塵に思っていなかったわけではない。
僅かではあるが、希望を持ってしまっていた。
――だからこそだろう。
「……え?」
私は目の前に出現したモノに目を丸くした。
裂け目。
人が一人通れそうな裂け目が、突如現れた。
「まさか本当に出来た……未来に行けた……?」
今までは異能を使っても、出来ない、という思いこみが強すぎて、何も起こらないことが常々であった。
しかし今は、実際に出来ると思っていなかったことなのに、目の前にそれっぽいものが出現した。
もしかしたら出来たのかもしれない。
「……」
ごくり、と唾を飲む。
目の前のモノは、本当に自分が考えて、自分の異能によるモノなのか。
そしてこの先にあるのが何か。
それらを知りたいという気持ちが勝った。
「行くわよ……」
文字通り後先考えず。
私はその裂け目に身体を投げ出した。
次の瞬間。
周囲の光景はがらりと変わっていた。
「……っ」
勢いよく投げ出された私の身体は、背の低い植物によって柔らかく受け止められていた。多少の痛みはあったわ。
だけどそれよりも、驚きの方が先行していた。
私が居る所。
それは、とある森に囲まれた一軒家の前であったことはすぐに理解した。
同時に、その家の窓から見える室内の風景が目に入った。
そこにあったのは――いや、居たのは。
私と、黒髪の可愛い子供が一緒にいる姿。
つまり――クロード。
あなたと私が一緒にいる姿だった。
「……っ」
私は思わず声を出しそうになるのを、口を両手で塞いで強制的に防ぐ。
似た人物ではない。
間違いなく、あそこにいるのは私だった。
「結婚……出来たんだ……」
知り合いの子供、という線は考えなかった。
何故ならば傍にいる男の子には自分の面影があったから。
嬉しかった。
涙が出てきた。
それを手の甲で拭いながら、滲んだ視界でもう一度確かめる。
今度は客観的に確かめる。
本当にあそこにいるのは自分なのか。
――無意識だった。
無意識に音を立てずに建物に近づき、五メートル以内に目の前の親子が入った所で、私は目の前の女性の名前を、能力によって自分の目に映しだされるように変化させていた。
映し出された名前は――『ユーナ・ディエル』。
今の『ユーナ・アルベロア』とは違う名前であったが、間違いなく、自分であった。
そして子供の方の名前も同時に見る。
――『クロード・ディエル』。
「……良かった……」
間違いない。
あれは自分だし、自分の子供である。
だから確証が持てた。
自分は先に望んだ通り、未来に来たのだ。
未来に来て、確認できた。
自分が結婚できていることを。
可愛い子供もいることを。
「……むふー」
満足だった。
きちんと子供が出来たのだ。
つまりは結婚も出来たのだ。
あれだけ幸せそうに慈愛の表情を浮かべているのだから、幸せな結婚だったのだろう。
そう胸を張ってやろう。
だからもう一度、その光景を目に焼き付けよう。
そう再度その幸せを噛みしめようと室内に目を向けた――その時だった。
「………………え?」
私は気が付いてしまった。
たまたま目に入ったモノ。
本当に、何気なく入ってきたモノ。
それはカレンダーであった。
カレンダー。
そして、そこに表示されていた暦。
革命歴173年。
見たことも聞いたこともない年号。
新しい年号なのか。
いずれにしろ、未来にはそのような年号が100年以上続くということが分かった。
――そしてこの瞬間。
当時の私は気が付いていなかったけれども、とあることが、事実として確定とされてしまっていた。
無意識の内に刻まれた、様々な事項。
革命歴173年。
自分の知らない――自分のいた時代には未だ始まっていない年号。
そしてその未来に子供と共にいる、自分。
――子孫でもなく、本人。
そう。
以上のことから、導き出される事実はたった一つ。
この先、自分は同じ容姿で――何百年先まで生きているということであった。
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