第348話 真実 09
◆
魔女がいた。
それは私だけのことじゃないの。
数百年前には、そんなに多くはないけれども、けれども一つの小さな村が出来るくらいにはいたのよ。
勿論、魔女と呼び名は付けているけれど、男性もいたわ。ただその数は何故か少なかったから、もう村のみんなでその男性の取り合いだったわ。私? 私は村の男性には惹かれなかったわね。傲慢、というか不遜というか。その点、道中であったあなたのお父さんは優しくてカッコよくて……え? 惚気話はいいです? 親のそういう話を聞かされる精神的に成人に近い子供の気持ちを考えてみてください、って? ……確かにそうね。
こほん。話を戻すわ。
魔女は生まれながらに異能を持っていたわ。人によって持っている異能は異なって、炎を出せる人もいれば風を起こせる人もいたわ。中には空を自由自在に飛べる人間もいたわね。彼女は結構やんちゃで、よく掃除の最中に箒に乗って抜け出して里の外まで飛び回っていた所を一般人に目撃されていたわね。
目撃されていた、という話はしたけれども、魔女のみんなには一つの共通認識があったの。
それは世界に干渉しない、ということ。
各々持っている異能はかなり強力だったわ。使えばあの時代の人間兵器なんてあっという間に殲滅していたでしょうね。今の兵器でもそれは同じだと思うわ。
魔女は平和が好きだったわ。
人から迫害されて隠れ里のような所でひっそりと暮らしていても、決して魔女ではない人間を恨むことは無かった。
そんな風に平和に暮らしていた魔女の村だったけれど、その村には二人の問題児がいたの。
一人は、発明に関しての異能を持った少女、デメテル。
もう一人は、魔女達の中で唯一『制限のある異能』を持っていた、ユーナ。……つまり私。
デメテルは優秀ではあったけれども、かなりの変人で、使えるか分からないモノを毎日発明することに没頭していた。
私は落ちこぼれとして悪目立ちしていたわ。あの時は周囲にそう言われていたから、はいはい落ちこぼれですよー、って開き直っていたけど、今考えてみたら制限あることは別に落ちこぼれでも何でもないのよね。むしろ私の能力は応用が利くから劣っているどころか脅威的であったんだけどね。まあ、大人達は分かっていて大人しくさせる為に放置していたんだろうけど…とにかく。
そんな風に落ちこぼれ扱いされていて本来の実力を発揮できなかった私とデメテルは、はぐれ者同士で仲が良かったのよ。
「デメテル、おはよう」
とある家の一室。
大きな部屋の中央で何やら四角い黒い物体をいじっている少女は、私の声に掌を振ってきた。
デメテルは白衣にぼさぼさの髪というガサツな印象を与える要素を持ちながら、それ以上に整った容姿と光る金色の髪色が特徴的な美少女だった。
「おはよーには遅い時間だけどねー。だけどおはよーユーナ」
「なに作っているの?」
「んー? 魂を使って動かせる物体の素材かなー?」
「魂を?」
「これさえあれば燃料なんていらない便利な品だよー。でも今はまだ出力強すぎて魂全部吸い取っちゃうから触っちゃ駄目よー」
「……なんてもの作っているのよ……」
「面白いものよー。ところでさあ」と、彼女は声のトーンを変えずにこう続けてきた。「――相変わらずいじめられているのねー」
「うっ……何で作業から目を離していないのに分かるのよ……」
「分かるわよー。ユーナの声から落ち込んでいるのはねー」
そこで彼女は顔を上げてこちらに視線だけ向けてきた。
「うむむー。身体は大丈夫みたいねー。ちゃんと純潔な十八歳の乙女だわー」
「見ただけで分かるの?」
「ユーナの身体は隅々まで知っているからねえ」
にししと笑うデメテル。
変人ではあるが彼女は私にとって大切な友人であったのは間違いない。
だから私も心を許していた。
彼女の傍まで歩くと、そのまま背中を合わせる形で座り込んだ。
「……嘘ばっかり」
「そうよー。あたしゃ嘘つきなんだよー……んで、やっぱりあの三人に何か言われたの?」
あの三人、というのは私によく突っかかって来る三人の同い年の少女たちのことよ。意味もないのによく突っかかってきたの。いるわよね。きっと私のことが好きだったのかしら……なんてね。
でも当時は鬱陶しく感じていたものよ。お年頃だったからね。
「……うん。私に結婚なんて無理ー、だってさ」
「あららー。今日はそんな絡み方をしたのねー。で、そんな言葉に心揺らいでどうするのさー?」
「いや、だって、私だって女の子だし……結婚したいし……子供欲しいし……」
「だったらあたしと結婚しようぜー。子供作ろうぜー」
「私は女の子って言っているでしょ。デメテルも女の子だし」
「ちぇー。っていうかあんたの異能ならそういうのも出来るのにねー」
「いやいや。何言っているのよ。私の異能は『変化』だけど、五メートル以内って制限もあるし、人に対しても使えないし、無から有へと変化も出来ないし……クズ異能よ」
「そうじゃないんだけどねー……この村の腐った大人達の所為、か」
「え……?」
「……何でもないよー」
ふわり、と後ろから柔らかい感触が与えられる。
デメテルが抱き着いてきたということはすぐに理解した。
「ようは暗示なのよ。ユーナ。貴方は何でも出来る。そう思い込むのよ」
「思い……込む……?」
「どんな人と結婚するのかを確認しに、時空を変化させて直接未来に見に行ったりすることも、貴方の異能なら出来たりするのよ」
「そんなこと……出来ないわよ……」
「……そうかもねー」
と。
能天気な声で、くるくると回りながら正面に回り込んで、にしし、と笑い声をあげてくる。
「ま、後で試してみればー? そうなれば気分も変わる……『変化』させられるかもよ」
「……自分は『変化』出来ないわよ……って、そういうのじゃないわよね。ふふ」
そう私は苦笑して、デメテルと顔を見合わせる。
こうやっていつも私は彼女に救われていたわ。
……だけど。
この日のこのやり取り。
これが後ほどの私の運命を大きく変える出来事になるとは。
この時の私は微塵にも思っていなかった。
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