第347話 真実 08
◆
ひとしきり家の前で泣いた後、コンテニューは家の中へと招き入れられ、テーブルに付いて彼女と真正面に向き合った。
その椅子も、その部屋自体も、変わらない、懐かしい匂いがする
またもや涙腺が緩んでしまう事柄ではあったが、彼はグッと堪えて、苦笑いを浮かべた。
「すみません、取り乱して……」
「いいのよ。最近のクロードはお母さんに甘えてくれなくなっちゃったからね。こちらも懐かしかったわよ。今日もマリーちゃんの所に遊びに行っちゃって……覚えていない? お母さんと結婚する、って言っていたのよ」
「記憶に無いです」
「お母さん悲しいわ、しくしく……と、冗談はそこまでとして」と、母親の眉間に皺が寄る。「その話し方はどうしたの? 随分と他人行儀になっているわよ」
「これは……
本当はある種の決意のようなものであった。
先程は抑えきれない感情を吐き出してしまったが、本来は彼はクロードとしての感情を抑え、コンテニューとしてやるべきことを果たす必要があるのだ。
それは彼女に対してだけではない。
これからやるべきこと、全てだ。
だからこそ話し方も含めて、コンテニューとして振る舞う必要がある。
誓約であり、制約でもあった。
「癖、ねえ……まあいいわ」
母は少し眉を顰めてそう言う。
まるで嘯いたことを見透かしたように――
「……そういえば、どうして僕がクロードだと分かったのですか?」
見た目上は全く違うし、そもそも声も発したと言うには小さすぎるものだけで、そこから判別することは不可能であろう。
「あー、あまりよろしいことじゃないんだけどね」
そう前を置いて、彼女は説明する。
「見知らぬ人が入ってきたら、どういう意図で来たか、こっそりと頭の中を覗いて確認しているのよ」
「あ……」
「同じ異能を持っているから分かるでしょう? ――『五メートル以内のモノを変化させる』という異能を」
母親の問いに「……はい」とコンテニューは頷いた。その返答に母親は「……やっぱり、か」と下唇を噛んで悔やしそうな表情をした。
「どうしたのですか?」
「……クロードは覚えていないと思う……というよりも思い出せないようにしているんだけど、数年前、とある孤児院にあんたを預けようとしたことがあってね。いや、その方が色々と狙われている自分といるよりは幸せだと思ったんだけど……という言い訳はいいわね。話を戻すけれど、その場所であなたはその異能を暴走……というかあの時はクロードは良かれと思ってやったんだろうけどね、他者に異能を与えてしまうような出来事があってね。それ以来、異能を使えること自体を忘れさせて、かつ、封印したのよ」
今なら判る。
孤児院の出来事とは、ライトウ達のことだろう。
ライトウ。
アレイン。
コズエ。
三人に特殊な力を与えたこと。
「……あ、、そっか。知っているわよね。その子達とも偶然に会うことになるんだったから」
「っ!?」
思わず両手で隠す様に自身の頭を持ってしまう。その行為に意味なんてないのに。
「ああ、今は読み取っていないわよ。というよりも読み取れないわよ。読めないように意識にしたでしょう?」
「……」
その通りであった。
先に頭の中を読み取られた、と聞かされた瞬間から、自身の考えを読みとられないようにガードをしていたのだが、如何せん、自身に異能の影響を与えることが出来るようになったのはコンテニューになってからだったので、きちんと出来ていない可能性もあった。ただ母親の言葉を信じるのであれば、現在は『自身の変化』ということについても出来ているようだ。
――クロードの時には出来なかったことが。
しかしその事実についてあれこれ考える余裕もなく、先の母親の言葉――ライトウ達とのことについて言及できたかについての疑問が頭の中を支配していた。
「……じゃあ、どうして先程の出来事が分かったのですか?」
「えっとね……ごめんね」
謝られた。
「さっきクロードが泣いている時に、どういう苦労をしてきたのか、どんなことを背負っているのか、きちんと知ってあげたいと思って、全部読み取ったのよ。記憶全てをね」
「……まさか……」
血の気が引いていくのを感じた。
彼女の口ぶりから理解してしまった。
今まで経験してきたこと。
考えていたこと。
それは望んでいたことではあった。
だけども、望んでいなかったことでもあった。
――その葛藤すら。
全てが母親に知れ渡ってしまった。
「……」
黙るしか出来なかった。
言う意味がない。
何を言っても、全部本心を曝け出してしまっているのだから。
もう取り返しがつかない状態になってしまった。
(……ならばいっそ――)
そうコンテニューが拳を握ったのと同時。
「――自死することだけは絶対に止めなさい」
凛とした声に、ハッと顔を上げる。
見れば母親が、ひどく深刻そうな表情をこちらに向けていた。
「多分回数に制限はない。強制的に戻されるから肉体に損傷はない。
だけど――精神は違う。
死ぬ度に摩耗して擦り切れて……どんどん削れていく」
「ど、どう――」
「どうして分かるのか、って顔をしているわね」
「……」
「その理由は、私があなたの母親だから――とは言わないわよ。もっと単純な理由」
そう言って彼女は、右手の人差し指を向けた。
――表情の薄い、自身の顔へと。
「私が既に経験して、そうなっているからよ」
「お母さんが……?」
「そうよ。……あ、時間は少しあるかしら?」
そう言って母親は席を立って台所へと向かったかと思うと、四角い缶とポッドとティーカップ二つを乗せた盆を持って戻ってきた。
「せっかくだから話しましょう。クッキーでも食べながらお聞きなさい。好物でしょう?」
「……そうだったでしょうか?」
「あら。この頃は食べる量を制限する程だったのよ。それはそうと……何年ぶりかしらね。あなたにお話をしてあげるのは」
懐かしむ様に。
慈しむ様に。
彼女は目を細めながら再びテーブルへと付き、紅茶を注いだティーカップと蓋を開けたクッキーの缶をこちらに差し出した後に、自身を落ち着かせるように深呼吸をする。
そして、ゆっくりと語りを始めた。
「これは今は昔……何百年も前の話。
そんな昔、とある場所に――魔女がいました」
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