第343話 真実 04

    ◆



 そこからはトライ、アンド、エラーの繰り返しであった。

 しっくりと来る、と言ったもののジャスティスの操縦は慣れず、多数のジャスティスを相手にして何度撃墜されたことか。とはいえ副産物として何度も試している中でジャスティスが破壊されても命を奪われないように出来た感触は得たのだが、結局はジャスティスを破壊された瞬間に過去に戻されてしまったので効果は分からない。だが魂が引っ張られる感覚は無くなったので恐らくは出来たのだろうと信じることとした。もっとも、理屈ではないのだが。

 そして理屈では分かっていても納得できなかった出来事が一つ。

 科学局局長セイレン。

 彼女は少なくともアドアニアの時点でミューズと対峙しているのでそこまで生きているのは確かなことだ。だからなのだろう、ジャマーで妨害されてジャスティスは停止させられたが、油断させて首を何度も搔き切ったのだが、その度に過去に戻された。

 また、過去に戻される場所も、チェックポイントがあるのかのように変化して行った。

 具体的に述べると、それまでは最初のジャスティスを乗っ取る所まで戻されていたのに、敵ジャスティスを全部撃破した後、セイレンを殺害した時には、ジャマーでジャスティスを制止させられた所までしか戻されなかった。

 そこからはいくら何をやってもそれ以上は戻らなかったし、戻れなかった。

 つまり過去に強制的に戻されるとは言っても、進んだ先からいくらでも自由に戻れる訳ではない、ということだった。しかもどこまで戻されるか、ランダムではないが法則性は全く分からない、という不安定な状態であった。

 やり直せるといっても、かなりの制限がある。

 考えなしに変えることは出来ないし、失敗したら後戻りは出来ない。

 当たり前のことだが、深く実感した。

 これでいいのか――と、先には進んだものの、煮え切らない思いになったこともあった。


 その最たるものが、キングスレイとの初対面のやり取りであった。



「うむ。その媚びる姿勢が気に食わない」


「ならばここで命散らしてやろう」


「やれるものならやってみろ」


「危険だな。ここで始末しておこう」



 様々な理由で首を跳ねられた。

 首をガードしたら心臓を貫かれた。

 攻撃を読んで避け続けても絶え間なく攻撃された。大体十回を超えた所で諦めて、生身で避け続けることから会話で避ける方向へと転換した。


「さあ、分かりません。ジャスティスって名称も今初めて知りましたし、当然、初めて動かしましたよ」


 笑顔で嘘を交えてそう返した所で、いつもと反応が違った。

 キングスレイの眉がピクリと動いただけで、手を掛けていた剣はそのままであった。


「本当か?」

「本当じゃない可能性があるのでしょうか?」

「ぐっ……」


 キングスレイの言葉が詰まったと同時に、セイレンが大爆笑する。


「あっはっは。面白いでしょ、この子」

「……少年。本当に何者だ? セイレンの話が本当であれば、自分の村を襲撃されたのだろう? その襲撃した国の代表がここにいるが、恨む気持ちなどないのか?」

「ありますよ」


 平然と、何事も無いように――笑顔でコンテニューは答える。


「当たり前じゃないですか。だけど僕はまだ子供です。この場で貴方やセイレンさんを殺すような腕力は持ち合わせていません。だから大人しくしているだけですよ」


 感情を見せた途端に斬られたこともあったので、あくまで笑顔のままそう返す。

 諦めているようで、諦めていない。

 ――そんな態度を見せた後に、キングスレイが力を抜いたのが目に見えて判った。


「……はあ、やっとですか」


 コンテニューは深い溜め息を吐いた。

 この選択肢がどうやら正しかったようだ。

 キングスレイは突然に笑い声をあげたかと思うと、セイレンと二、三言交わした後でこちらへの距離を詰め、頭を撫でてきた。


「……貴方の思考は全く読めませんでしたよ」


 キングスレイはハッキリ言えば、戦闘狂だ。これだけ幼い人物でも平気で斬りつけるし、避ける行為をしたら、大人げなく子供と差がある長いリーチを使って確実にこちらを殺しに来た。

 媚びてもけなしても駄目。

 否定しつつ怪しい要素を隠し持って言い負けない。

 この選択肢を取る為にどれだけの自分が死んだのか不明だ。――まあ、その度に最初の接見した時まで時が戻るので、気軽に試せて死者の山を作ってしまっていたのもあっただろうが。


「戦場で功績を上げれば昇格もさせるぞ。つまらない妨害要素もないようにしてやる。だから思う存分、俺を追い越す様に精進しろ。金銭も支援してやろう」

「……今の僕では、貴方には勝てないですからね」


 勝ってしまったら、また過去に戻されるから。

 何度かやった際にキングスレイを傷つけたり、明確な重傷を負わせたりもした。ついでにセイレンも殺していた。

 だけどもやっぱり戻された。

 キングスレイとセイレンは、クロードの時代に存在していることを、コンテニューは知っていたのだから。

 だからキングスレイには絶対に勝てない。

 ついでにセイレンにも勝てない。

 物理的に。

 これだけ恨みが募っていても絶対に。

 この二人がいなければ、ルード国が――ジャスティスが様々な戦争の引き金となることはなかったのに。

 それでも、その復讐心は自分の中に必死に隠しながら、彼は淡々とした口調で告げる。


「分かりました。それまでは戦場でルード国の忠実な戦士として戦いましょう。戦闘に手を抜かずに結果的にルード国の良いことになってもいいでしょう。貴方を殺すためには他国どころか、他人なんてどうでもいいですから」


 言い切る。

 あっさりと言い切る。


「自分だけが良ければどうでもいいです。そんなことを心配できるほど僕は大人ではないですから」


 吐き捨てる。

 ばっさりと吐き捨てる。


「じゃあこれ以上いても仕方ないので僕は帰ります。あ、帰る場所がないので、住居とお金と戸籍だけお願いしますね。散歩がてらふらふらと街中でも見学していますので、準備出来たら適当に見つけて声を掛けてください。では」


 一つ頭を下げ、コンテニューは退室していった。

 そして少し歩き、誰もいないことを確認した所で――


「……ッ! ふーっ、ふーっ、ふーっ……」


 ダン、と。

 コンテニューは壁を殴りつけた。


 我慢していた。

 ずっと耐えていた。


 今にも殴りかかりそうな自分の心を。

 腰の刀を奪って喉笛を搔き切るように動く手足を。


 何度も何度も。

 だがどれもキングスレイに斬り捨てられる運命だ。

 勝てる未来が無い。

 今の自分ではどうあがいても勝てない。

 嫌というほど思い知らされた。

 だからこそ、思いを内側に押し込めなくてはいけなかった。


 それでもいつかは抗える日が来る。

 必ず来る。

 ――それを彼は知っている。


 それまではどれだけ辛い日々だろうが耐えよう。

 歯を食いしばって耐えよう。

 拳を握るのすら見せないようにしよう。


 確信にも近い思いを抱いて、コンテニューは耐えることを選択する。

 小さき身体に秘められた人一番強い重い想い。


「……さて」


 それでも彼は前を向く。

 前を向いて、上を向く。

 上を向いて、笑顔を見せる。


 本心を隠す為に。

 そして――

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