第342話 真実 03

 今回は先までと違う。

 コンテニューはジャスティスを破壊していない。

 しかしながら戻った。

 これは予想していた、先のケースに当て嵌まったのだろう。


 コンテニューが死んだ。

 だから戻った。


「……」


 このことによって、ある種の安心感と、ある種の絶望に捕らわれた。

 コンテニューがクロードと出会うあの瞬間まで、自身は死んでも蘇る。痛みがあるかは正直知らない。今回はたまたま喉元への一撃で一瞬で死んだから痛みを感じなかっただけかもしれない。

 蘇る回数の制限については、恐らくはないのだろう、と彼は踏んでいた。理由は、もしあるのであれば最初からジャスティスを破壊しただけで歴史が戻る訳がない、と思考したからだ。

 その代わり、絶対の事象となっているのだ。

 クロードが経験した事。

 クロードが知っている未来。

 それはどんなことをしても不変だ、ということ。


(だったら……みんなを幸せにすることは出来ないんじゃ――)


 そう絶望しかかった。


 ――だけども。

 すぐさま思い出した。


「……違う」


 コンテニューは言っていた。

 印象に残ったフレーズだったから、よく覚えている。

 これだけは確かに言っていた。



『僕はお前の望みを全て叶えることが出来ている存在だ!』



 

 完了形だ。

 こんな状況でも彼はやってのけたのだ。

 それが口頭だけなのかは分からない。


「結局は……信じるしかない、ってことですか……」


 あの時の意図不明な言葉が次々と身に染みてくる。

 成程。

 信じることが絶対的に必要であるのは間違いない。


(……ならば!)


 コンテニューは顔を上げる。

 諦めない。

 何度だって繰り返してでも。

 それでもやってやる。


 ――


 ここで。

 本当に彼の腹は決まったのだった。


 同時に。

 目の前にジャスティスが現れる。

 ――先と同じように。


「……」


 目の前に二足歩行型ロボットが突然現れたというのに、少年はひどく落ち着いた様子で見返していた。その碧色の瞳には驚きも動揺も何も浮かんでいない。

 じっ、と。

 微動だにせずそのジャスティスを観察するように眺めていた。


『何だ? まだ子供が残っていたのか?』


 その声に少年は、ゆっくりとジャスティスの顔面部へと視線を移す。


『って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』


 焦った声が響く。

 同時にコンテニューはその場にしゃがみ込む。


『お、おい! 大丈夫か!?』


 ジャスティスのコクピットが開き、慌てた様子でパイロットが降りて近寄ってくる。

 先と同じ、白衣を着た肌の色が薄い中年であった。

 きっとこの村の住人とコンテニューは見た目などが大きく異なっているのだろう。

 だからこそ安易に降りてしまったのだろう。

 そして彼に近づいてしまったのだろう。


 それが致命的だ。

 文字通りの意味で。


「え……」


 中年男性の首元から鮮血の花が咲く。

 白衣が一気に赤に染まっていき、彼は地に膝を付け、そのまま倒れた。

 一方でその返り血を浴びた少年は平然とした様子で首を勢いよく横に振り、髪に付着した血をある程度飛び散らすことが出来た。

 それでも金の髪は鮮やかな紅に濡れ、滴り落ちる。

 理由はただ一つ。

 中年男性の首を掻っ切ったのは、少年が持つ鏡の欠片だったからだ。

 先程しゃがみ込んだ時に密かに拾い、何の躊躇もなく切っ先を突き立てていた。


 ――先の失敗を反省した結果であった。


「……」


 血が滴る鏡を中年の死体に投げ捨て、彼は小さく息を吐く。

 鉄の匂いと火薬の匂い。

 今はどちらかというと鉄の匂いが強い。

 あまり好きではないな――と思いながら彼は死体を踏み越し、歩いていく。

 目当ては黒色のロボット。

 ジャスティス。

 そのぽっかりと空いたコクピットに歩を進めていく。

 まるで導かれたかのように、澱みない動作で彼はジャスティスに乗り込む。


「広い、ですね……」


 そんな感想を抱きながら中央に鎮座している席に座って足元のペダルに足を掛け、そしてその左右に一つずつある操縦桿を握った。

 途端に乗り込み口が閉じ、内部が明るくなる。座るという行為ではなく操縦桿を握るのがトリガーになっているようだ。

 どういう理屈でそうなっているのかは皆目見当がつかない。

 しかし、


「しっくり来ますね。初めてだというのに」


 コンテニューは頬を緩める。


「……?」


 直後、戸惑いの表情になって自分の頬に触れる。何故笑ってしまったのか分からない、というような戸惑いの様子だ。


(やはり……コンテニューだからこそ、笑えることが出来るのですね……いや、もう吹っ切れた、ということなのでしょうか)


 すぐにその笑みを逆に深くし、操縦桿を握る力を強くする。


「まあ、今気が付きましたが、一〇歳かそこらの少年の手足の長さにもフィットするように自動的に席が移動しているんですね。どれだけ汎用性があるのでしょうか?」


 この機体の中は小柄な人間も操縦できるようになっている。きっと女性パイロットも想定しているのだろうと勝手な推定を立てつつも、両手両足を動かしてみる。

 ジャスティスが動いた。

 視界も良好。

 操作の感触も問題ない。


 ――動かせたからどうだっていうんだ?


 そんな疑問が頭を過るが、すぐにその答えは自分の中に生まれる。


「何でこの村が襲われているのか分からないけど、でも、多分悪くないはずだ。多分、良い環境だったんだろう。覚えていないけれど」


 この村に対しての感慨はない。

 現在、崩壊している景色に対して感想もない。

 覚えていない。

 だから思い入れもない。


 ――だけど。


「きっと相手は悪い。こんなロボットを使って一方的な襲撃を行ったなんて。うん。多分悪いですね」


 口で嘯く。

 本当は知っているのに。

 だけど、コンテニューの中に一つの憎悪が渦巻いているのは確かだ。

 この少年の中には、その感情が内包されている。

 深い沼のようなドロドロした感情。


 全ての憎しみは――ルード国にあり。



「憎きルード国。僕が破壊します」




 ――こうして。

 新たな『正義の破壊者Justice Breaker』が誕生したのだった。

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