第328話 ライトウ 07
頬に一筋の切り傷が入った。
先程までの激しい攻防と変わらないはずであったのに、それでも避けきれていなかった。
キングスレイの攻撃を読み違えた――というわけではないことは、ライトウ自身が分かっていた。
頭では分かっていた。
だが、身体が追いつかなかった。
ちょっとしたズレ。
その原因について、ライトウは理解していた。
――疲労。
ここまで全力で駆け抜けてきた。
キングスレイとの剣戟も全力で対応してきた。
もしかすると緊張感から力んでしまっていたのかもしれない。
それらによって疲労を蓄積させ、結果としてイメージと動きに違いが生まれてしまった。
そのズレは現状に置いて、大きな違いとなって表れてくる。
「ぐ……っ!」
一筋、また一筋と、ライトウの頬に傷が増えていくだけではなく、身体の方にも傷が増えていく。幸いまだ表面上のみの傷であったので、血は出ているがそこまで深刻な傷ではなかった。
だが、それも今だけの話であろう。
(やっぱり勝てないのか……?)
変わらず攻撃を繰り出しながらも、ライトウは心は沈みつつあった。
あれだけ修行したのに。
考えることもしたのに。
刀の名に対しても答えを見つけたのに。
――それなのに。
全力で行った攻撃は相手に通らず、防御が崩れてしまっている。
対して相手は、攻防をしているので息を切らして汗は掻いているモノの、ライトウの攻撃が通った様子は全く無い。
この違いから、ライトウはネガティブな思考をしたのだ。
老齢なのに埋まらない差。
これが経験なのか――と。
思考に靄が掛かりそうになる。
まるで絶望に浸されていくように――
――しかし。
「……え……?」
ライトウは呆けた声を放った。
俄かには信じられなかった。
だけど、確かにこの眼で見て。
目の前に――顔を顰めている老齢の男性も存在している。
キングスレイの腕に、一筋の赤いしるしが入った。
傷は浅い。致命傷でも、腕が動かなくなるような深手でもない。
しかしながら、当たったことは間違いない。
今まで当たらなかった攻撃が。
何かを変化させたわけではない。
それでも、命中した。
つまりは――
(――キングスレイも同じだということか!)
先程まで沈んでいた気持ちが、一気に戻ってくる。
キングスレイだって同じだ。
ライトウのあれだけの攻撃を受けて、体力を消耗していないわけがない。
そのことを必死に見せまいとしていたのだ。
経験則からそうさせていたのだろう。
だけど、現にほころびが出ていることを露呈させてしまう程に、彼もいっぱいいっっぱいの状況であるのだ。
(俺と剣豪は決して差がある訳ではない!)
息を吹き返したかのように、ライトウの攻撃が更にスピードを増す。
キングスレイも捌き切るが、それでも切り傷は増えていく。
だが相手も負けてはいない。
同じように攻撃に激しさを加える。
ライトウの傷も増える。
だけど。
彼は全く気にしていなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
痛みはある。
あるけれど無視をする。
今が好機。
これを逃せば、勝てる勝負も勝てない。
ここが勝負どころ。
故にライトウは相手の攻撃に優先度を付けた。
致命的にならない場所は無視し、その分だけ攻撃に徹する。
それすなわち、『攻撃は最大の防御』――
――とはいかなかった。
いかなかった理由は明白だ。
先の『攻撃は最大の防御』というのは、攻撃を続けることで相手が防御に徹するから、自分に対しての攻撃が弱まる、という状況から成り立っている。
つまり――相手が防御に重きを置かなければ成り立たない。
「ぬううううううううううううううううう!!」
キングスレイも攻撃に特化し始めたのだ。
ライトウがそうしたように。
――自ら傷つくことを厭わずに。
攻撃に重きを置いた二人の剣戟は、更に激しさを増した。
フェイントに使う軽い攻撃は無視する。
最小限の動きで、致命的にならないギリギリのラインで動く。
お互いに傷が増えていく。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る――
――やがて数刻の後。
二人の攻撃が同時に止まる瞬間が生じた。
共に相手から距離を置いて次の攻撃のタイミングを計ろうとしたのが偶然一致した。
二人共に肩で息をしながら、ポタポタと地面に赤い雫を落としていた。
満身創痍。
正にその言葉通りであった。
その姿は、それ程までに凄絶な斬り合いだったということに他ならない。
そして――ライトウは理解していた。
お互いに、既に肉体は限界に近づいているということに。
これ以上の長期戦は、自身の敗北に繋がる。
故にライトウは決断した。
次の激突。
これで決着をつける。
「……」
ライトウは大きく深呼吸し、刀を真正面に据えて構える。
全身全霊。
自分自身を刀としたライトウの、最大の攻撃。
命を賭けた攻撃。
「……」
キングスレイも同じように剣を構える。どうやらこちらの意図を読み取ったようだ。
挑戦者の攻撃を受けきってやる――という『剣豪』としての矜持なのかもしれない。
それとも同じような思考で、ここで終わらせる気なのかもしれない。
いずれにしろ、彼もこの一撃に相当の重みを置いてくることは間違いない。
静寂が二人の他に誰もいない会議室であることを改めて知らしめてくれる。
相手の呼吸音が整いつつあるのが耳に届く。
緊張感が場を支配する。
そして次の瞬間――
最後の一撃がお互いに放たれた。
「はあああああああああああああああああああああああ!!!」
「ぬううううううううううううううううううううううう!!!」
ライトウは一気に駆け出し、距離を詰める。
防御など最初から考えていない。
ライトウが選択した攻撃は、実にシンプルだ。
上段からの振り下ろし。
胴体がら空きの、正に攻撃に特化した剣戟であった。
キングスレイの脳天から断ち斬るように、繰り出した攻撃。
――しかし。
その攻撃は思い通りに行かなかった。
ガキイイイイイン!
鈍い金属音が響く。
上部からの攻撃など受け止められるはずがない。
何が起こったのか?
――弾いた。
キングスレイはライトウの攻撃を受けてはいない。受けたならば間違いなく剣ごと叩き斬られていたはずだ。
故に彼はライトウの刀を弾いたのだ。
身体を屈めて低くし、そのまま身体を回転させながら剣を薙ぐ。
ライトウから見て左から右へ。
真横の攻撃として。
その攻撃によって、ライトウの刀に対して横からのベクトルを加えられた。
自身の振り下ろしと合わせて、キングスレイの身体から遠ざかる方向に軌道が変わってしまう。
それだけではない。
刀を握っていた左手が、真横からの唐突な攻撃によって刀から離れてしまった。
結果として、右手の脇が開いてしまう。
――そこを狙われた。
ライトウが視線を自身の右手に向けてしまったのと同時。
刀を掴んでいるライトウの右腕は――肩口で切断された。
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