第296話 決戦 07

「……は?」


 クロードは相手が告げたその言葉の中身が理解出来なかった。

 コンテニューは何て言ったのか。

 勝てるなんて思っていない。

 だから戦わない。

 だけど降伏しない。

 ならばどうするか。

 敵である『正義の破壊者』を門の中に入れる。

 しかしながら条件がある。

 それは――クロードを除く、ということ。


『それ以外の人達ならば無条件でこの強固な門の中に入れてあげますよ。但し入るからには全員一人残らず中に入ってもらいますけどね。ここに残るのは、魔王、貴方だけです』

「その要求に何の意味がある?」


 皆が絶句する中、クロードは率先して言葉を放つ。正直、彼の頭の中でもまだ疑問が渦巻いている状態ではあるが、これ以上彼のペースに巻き込まれてはいけない――と無理矢理にでも言葉を紡ぎ出していた。


「お前が俺達に勝てないのは分かった。で、自分を見逃してほしい条件として『正義の破壊者』の皆をカーヴァンクル内にあっさりと入れることを提示してきたことも理解した。俺だけを許可しない理由は分からないが――それを提案して何の意味があるんだ?」

『意味がある、とは?』

「そんなことを提案されなくとも、俺達は最初からお前を蹴散らして門の中に入って行く。そんな提案を受ける必要が無いということだ」

『そうでしょうか?』


 コンテニューは、まるでそのような言葉が来ることを予想していたかのごとく、ノータイムで返答してくる。


『確かに僕を倒していけば提案を受ける必要が無いでしょうね。但し――そこに犠牲がどれくらいあるかは分からないですよ? 確かに僕は貴方達全員に対しては勝てないと言いましたが――』


 少し低い声音になり、彼は告げる。


『――


 ぞくり、と。

 その場にいた『正義の破壊者』の面々は背筋が凍る思いをした。

 動いたわけではない。

 怒声を上げたわけではない。

 形勢が逆転されたわけではない。

 だけど彼の言葉には、説得力があった。

 言葉だけで気圧された。

 ――いや、違う。

 言葉以外にも圧倒的に彼らの感情に働きかけた要素がある。


 不気味さ。


 何を考えているか分からない。

 行動の意味が分からない。

 若くして陸軍元帥まで上り詰めていること自体が分からない。

 誰が見ても不利な状況なのに、それを感じさせられない態度を取れることが分からない。

 ここまで理解出来ない人物はそうそういない。

 そう。

 それに対抗できるとしたら――


「だからどうした?」


 一歩踏み出す。

 黒衣のマントが風に揺れる。

 クロード。

 彼もまた少年でありながら、謎の力を用いて大型の組織のトップになっている。誰もが口にはしないが、そこに不気味さを感じている人が大多数だ。


「俺がお前に勝てばそれでいい。他の人達が犠牲になる必要など何もないだろう?」

『つまり、貴方一人で僕と戦う、ということでしょうか?』

「俺だけじゃないかもな。俺が先陣を切って援護を他の人が行う。――?」


 その言葉に『正義の破壊者』の一般兵の士気が上がる。一般兵である彼らは、圧倒的な戦闘力を保持しているクロードに対して「自分達は必要ないのでは?」と、どこか感じていた面があった。

 そこに自分達の存在がプラスであることを遠回しながら本人の口から述べられたのだ。

 ほんの小さなことであったとしても、それでも彼らは嬉しかった。

 ――そんな喜びの感情が広がっていくのを、クロードは肌で感じていた。


『……そうか。、か』


 しかし、その高揚感をすかさず打ち砕く、コンテニューの言葉。

 彼は大きく息を吐く音の後に『……まあいいか』と何かを諦めたような言葉を吐く。


『これ以上押し問答をした所で何も先に進みませんし冗長になるだけです。別に僕は時間稼ぎをしたいわけではありませんからね。なので早急に決めてください』


 相手のジャスティスがまた手を広げる。


『貴方一人だけ残って他の人を無条件に門に通させるか、それともここで僕と戦闘をするか――どちらかを』


 改めて問われる。

 ――

 そのことを理解していた。

 だけど、クロードの答えは決まっていた。

 そのままを口にしようとしたのだが、ふと喉元で押しとどめる。

 あれだけしつこく問うてくるということは前者を選んでほしいと思っているのは明白だ。だが相手はコンテニューであり、単純に自分の身が可愛いからではないこともまた明確である。それに自分を犠牲にしたくないのであればクロードも入れればいいのに、それを拒否していることも引っ掛かる。


(――むしろではないのか?)


 クロードは一つの考えに至る。


 コンテニューがここに来た理由。

 味方を全員この場から除いた理由。

 こちらにもクロード以外を除くことを望んでいる理由。


 全ては――クロードとだけ対峙したいから。


(どういう理由があるかは知らない……が、ただ、気にはなるな)


 ここまで遠回りに。

 ここまで分かりにくく。

 それでも明白に誘って来ている。


 何を伝えてくるのか。

 何があるのか。

 あるいはクロードだけを押しとどめておきたい理由でもあるのか。


『まあ、今の貴方ならどちらを選択するかは分かっていますけれどね』


 唐突に。

 コンテニューがそう付け加えてきた。

 何を分かったような口を――と激高するようなことはないが、しかしながらクロードの頭の中を見透かしたような言葉に引っ掛かりを感じる。


 まるでクロードが問い掛けた時には既に――前者を選ぼうと考えていたことを知っていたかのように。



「――俺だけが残り、皆を正門に入れる」



「クロード!?」


 ミューズが驚きの声を上げる。声を発してはいないがライトウも同じ気持ちの様で、目を見開いてこちらを見てくる。きっとジャスティスの中にいるカズマも同様であろう。


「実は提案された時から最初からこの選択を取ろうとは思ってはいたんだ。正門をスルーして通れるのであればそれに越したことがない。俺達には真正面から突破するしかないんだからな。これから市街地では少なからず戦闘があるだろうから、ここで戦力を落とさない手段があるのであれば罠かもしれなくても先に進める選択肢を取るしかない」

「で、でもクロードが……」


。――以上だ」


 ぶっきらぼうにも思える言葉。

 しかしミューズはそこでハッとした様子を見せる。

 どうやら彼女は気が付いたようだ。

 この場での最善の選択肢を。

 それはきっとカズマも理解しただろう。


 そして――コンテニューも。


『やはりそっちを選びましたか』


 だけど、何故か少々トーンを落とした声でコンテニューはそう告げてくる。選んでほしかったのかほしくなかったのか分からないその反応に少々の戸惑いを覚えながらも、クロードは未だ眉間に皺を寄せているライトウと、その横にいるジャスティス――カズマに声を掛ける。


「ライトウ、カズマ、作戦変更だ。二人が先導してくれ。最後尾を誰にするかは任せる。ライトウは先に言った通りの場所を目指せ」

『分かりました』

「う、うむ……っと」


 ライトウの背に突然、覆いかぶさるモノがあった。

 ミューズであった。


「んじゃ、よろしくっすね、ライトウ」

「ああ、忘れていた。お前を背負って行く必要があったな。しっかり掴まっていろよ」


 ミューズにも役割がある。しかしながら彼女の身体能力はそこまで高くない。カズマと一緒にジャスティスのコクピットに乗らせることも考えたが、しかしカズマとミューズでは与えられた役割と場所すら大きく異なっており、任務が遂行できない。他の車なども同様だ。唯一同じ方向なのがライトウなのだ。むしろライトウの役割の前半はミューズを運ぶことであると言っても過言ではない。


「くれぐれも油断はするなよ」

「了解っす!」「了解した」『分かりました』


 幹部がそう返事をし、ライトウと、カズマの乗ったジャスティスが前進する。そこに他の人達も付いていく。先のやり取りで納得していない人も中にはいるだろう。しかしながら自分達を無駄に犠牲にしない為という言葉があることからもクロードの出した答えに口は出さなかった。

 少しだけ警戒したのは門の中――カーヴァンクルに入った途端に集中砲火を浴びることであったが、それは無かった。万が一あってもライトウとカズマなら対処できると考えていたので心配はしていなかったのだが。

 そして皆の姿が見えなくなった頃。


『――さて、ここには誰もいなくなりましたね』


 コンテニューの言う通り、ここにはコンテニューのジャスティスとクロード以外は誰もいない。隠れている人間もいないことは、クロード自身が確認している。


「これで満足か?」

『ええ。僕の想定通りです。残念ながらね』

「……残念ながら?」


 先から言葉に引っ掛かりを感じる。少し前に口にしたのも「甘い考え」ではなく「甘いことを考えている時期」と言っていた。先の言葉といいいかにも経験して、失敗したかのような言葉である。ならば同じような状況で彼も一度通った道であってそれと同じ道をクロードが辿っていることに自分として反省の弁を述べている、ということなのだろうか――と、クロードは少しながら思考を割くが、それ以上考えてもコンテニューの考えていることを理解することなど出来ないしする必要もない、と判断して止める。そうやって困惑させるのも作戦の内なのかもしれない。


『それよりも――どうして残ったんですか?』

「今更それを言うか?」


 ふ、と小さく息を吐く。


「お前がこの状況を望んだんだろう? 俺と二人の状況を」

『ええ。望みましたね。……

「……さっきから意味分からないことを言っているな。まあいい。俺はその理由が気になっただけだ」

『簡単な話ですよ』


 そこで――ジャスティスは背部から銃を取り出し、クロードに向けた。


『ここで貴方と僕の二人きりだけで戦いたかっただけですよ。誰にも邪魔をされずに』


「……それだけか?」

『ええ、それだけですが何か?』


 予想外の答え。

 話したいことがあるから、というクロードの予想は外れた。

 深く読み過ぎたか――とほぞを噛む。


 クロードはそこで思考を止めてしまった。

 相手の言葉をそのまま受け取ってしまった。

 相手がただ単にクロードと決着を付けたがっているだけ、と思い込んでしまった。


 ――それが間違いであった。


「ならばもうここでお前と話すことは無いな。――お前を破壊して先に進む」

『それはさっきの約束に反すること――ではないですね』


 皆を無傷で通す。

 クロードは通さない。

 ならば皆を通した後にクロードだけで戦えばいい。


「俺単独と戦う為だけにそのような状況を作ったのだろう? ならば本望だろう? お望み通りそのジャスティス――破壊してやるよ」

『忘れたのですか?』


 クロードの挑発に対してコンテニューも煽りを返す。


『貴方は一度、僕に負けているんですよ?』

「……」


 事実だ。

 そこに怒りを感じはしない。

 負けたのだから。


 だけど。

 だからこそ――



「今度こそ勝ってやるよ」


 そう言ってクロードは右手の人差し指で――

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