第292話 決戦 03
◆ルード国 カーヴァンクル
「ど、どういうことだ!?」
ルード国中央会議所。
軍本部が中央に鎮座している中、その後ろに隠れるように存在している建造物。
しかしながらこじんまりとしたその建造物の中にいるのは、この国の中枢たる人物であった。
ルード国の経済、文化、環境、総務の長である大臣。
そしてルード国代表である――大統領。
先の動揺の声を上げたのは、中央に鎮座しているその銀髪の彼であった。
彼が声を向けた先にいたのは、伝令の為に駆けてきて肩で息をしている一人の青年であった。彼は少し緊張した面持ちながらもハッキリと答える。
「く、繰り返します! 魔王クロード率いる『正義の破壊者』が正門に姿を現しました! そこには確認出来るだけでも十数台を超えるジャスティスもいたとの報告です!」
大臣達がざわめく。
先の放送は彼らも聞いていた。
故に、青年が口にしていることについては何の疑う余地もない。
だけど、信じられないのだ。
今まで安全地域でぬくぬくと権力にしがみついていた彼らには、その地に予測外の出来事が起こっているという認識をすることが出来なかった。
だから不毛な問いや疑問を呈することしか出来ない。
「どうしてそんなことを許した!?」
「この国の防衛は誰の担当だ!? 責任を取るべきではないか!?」
「これじゃあ野党連中の恰好の餌じゃないか……」
「まさか招き入れたのは政権打倒を狙っている野党では……!?」
「あいつらがよりにもよって『正義の破壊者』と手を組んだ、だと……?」
「野党とは限らない。だけど……そもそも放送しているということは『正義の破壊者』が内部に何らかの形で干渉したということだ!」
「おい! 放送局への問い合わせはしたのか!?」
私腹を肥やしたことが文字通り腹に出ている大臣の一人が声を荒げて問うと、青年は眉を下げる。
「はっ! それが放送局関係者も困惑しており、魔王への協力などしていないの一点張りで……」
「捕えろ! そいつら全員!」
「で、ですが彼らがやったという証拠はまだ……」
「そうだ! 怪しい人物はとりあえず捕えておくべきだ! もしそいつらが犯人であればそれ以上の放送は出来まい! だから早く逮捕だ逮捕――」
「――落ち着きたまえ」
静かに。
しかし鋭く誰のも耳にもきちんと入る声が響く。
それは、まるで場の空気を斬り捨てたかのようであった。
剣を抜かずともそのような雰囲気を創り出せるのは、この場で一人だけ。
大臣の一人がその人物を睨み付ける。
「……キングスレイ総帥……っ!」
「相も変わらず非生産的なことばっかりやっているな、貴様達は」
いつもの穏やかな様子からは一変、苛立ちを含んだ棘のある言葉であった。
「こんな会に無理矢理参加させられて腹立たしいのに、更に耳障りな言葉をこれ以上続けるのは我慢ならない。早急に決めるべきことは決めてくれ」
憤慨した様子ながらも席を離れていない理由は、このルード国の行動規定――軍が行動するのに閣僚の決定が必要となっていることが関係している。
しかも、大統領と総帥の二人の代表者の決定が必要不可欠なのだ。
そして大統領は嫌がらせの如く大臣を集め、自分の意志で決定することを決してしない。
――いや、違う。
大統領は何も自分で決定できないのだ。
その理由は、この中にいる誰よりも齢が若いことからも分かるだろう。
彼は大臣達の操り人形なのである。
彼はあまりにも無力だ。
そう――罪人として軍に捕らわれた自分の長女を権力で救い出せないくらい。
彼自身が無能なわけでも、カリスマが無いというわけでも決していない。
しかしながらルード国には、それ以上に有能でカリスマを保持している存在がある。
それが――軍部である。
特にその長たるキングスレイは絶大な信頼が寄せられている。
そんな彼に対抗できないと政治家たちは諦め、責任を取ってもらえる都合のいい人物を長に据え置いてコントロールする。
そんな責任逃れをしながらも権力にしがみついていたい人間。
大統領の元に集まっているのはそんな人間達ばかりなのだ。
「そ、そうだ! キングスレイ総帥! 君が責任を取るべきだ!」
その人間の一人である小太りの男性が脂汗を撒き散らしながら、キングスレイを指差す。
すると周囲の人間もこぞって賛同の意を述べ始める。
「そうだそうだ! こうなったのは軍の責任だ!」
「そもそも警備が甘いからこうも簡単に侵入を許したのではないか!?」
「全くたるんでいるな軍は――」
「――黙れ」
ザン――と。
再び空気が斬られる音がした。
――いや、違う。
彼らは一斉に首元を押さえ、言葉を発せずに呼吸を荒くしている。唯一平気なのは、入り口に立つ青年だけであった。彼だけは目の前の光景に何があったのかと首を傾げているだけだ。
その答えは――気迫。
キングスレイは気迫だけで、大臣達の首を落とした――という錯覚をさせたのだ。
まるで本当に斬られたかのような殺気に、一同は首の所在地を探した、というのが先の行動の真実である。
「ようやく静かになったか。――さて、話を戻そうか」
ふう、と大きく息を吐くキングスレイは、言葉の先を入り口に立つ青年に向ける。
「『正義の破壊者』の襲来。放送までは誰でも知っている。ジャスティスの保持は初情報で、十数台程度なら正確な台数を報告者には伝えてほしかったと年寄りの苦言を呈してはおくが……まあ、それは置いておいて、だ。それ以外にも、報告事項があるのだろう?」
「……は、はい!」
目の前の出来事で唖然としていた青年は、慌てたように敬礼をし直す。
「『正義の破壊者』の魔王クロード、ならびにサムライ ライトウの主要二人の姿は正門にあったとのことです」
「ふむ。では正門以外はどうだ?」
「東、西、南門共に『正義の破壊者』らしき人物や兵器の気配は全くないとの報告です」
「ふむ、仮にでもジャスティスの破壊を目的とする組織なのだから、逃げる人々を待ち伏せしているなんてことはないだろうな。ならば一旦、正門のみに戦力を絞ってきたのは間違いないだろうな……相手は攻撃を仕掛けて来たか?」
「いえ、まだ物理的な攻撃は何もしていないとのことです。なのでこちらからも手を出せておりません」
「今はそれでいい。ジャスティス相手に正門の軍備では、こちらもまたジャスティスではないと対応できないからな。――攻撃はしなくとも、相手ジャスティスは動いていたか?」
「それは……本物かどうか、ということでしょうか?」
「よく分かっているじゃないか」
戸惑いながら問うてくる青年に笑顔を返すキングスレイ。
「はったりの為に動かない看板を用意した可能性も僅かながらあったのでな。……しかし本物だということは、ジャスティスが破壊ではなく強奪されたという報告は受けていないし、短期間で何処かから強奪した可能性も無きにしも非ずだが、それよりも考えられるのは……大統領」
「な、何だ!?」
突然言葉を振られた大統領はビクリと肩を跳ね上げる。
そんな彼に向かってキングスレイは神妙な面持ちで告げる。
「十数台のジャスティスが用意できるのは、ずっとウルジス国が隠し持っていたモノをついに表に出してきた、ということが濃厚だ。つまり――ウルジス国もこの戦闘で全てを終わらせるつもりで来ている」
「そ、それはつまり……」
ゴクリ、と大統領が唾を飲む。
「ここを制すれば世界を制する――ということか?」
「そうだ。ここで長年の戦争が終わる、と言っても過言ではない。だからこそ、全軍を上げて対応すべきだと私は考える」
「わ、私もそう思うぞ! ここで渋る理由はない!」
大統領が鼻の穴を膨らませる。彼の言動を意味もなく止めるような大臣達は、未だに怯えを含んだ目で総帥の顔色をうかがっている為、何も言わない。
ならばこの会議は既に決した。
(……もっと最初にこういう体制にすべきだったな。一応こちらの面子を立たせる形で強硬手段には出ていなかったが……如何せん、平和ボケをしていたな)
少し上を向いて息を短く吐いた後、キングスレイは立ち上がって告げる。
「これより全軍、全兵力をを持って――『正義の破壊者』を向かい撃つ」
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