第286話 平和 07

    ◆


 それから数時間が経過し、すっかりと外では日が傾き始めた頃。


「――以上だ」


 クロードが手を一つ叩くと、集まった人達は首を縦に動かした。

 白熱した議論は時に対立が生まれ、時に肯定意見として同意が生まれ、時に言葉での戦いが生まれ――最終的には皆の中で、ある種の一体感が生まれていた。

 結果、様々な意見をまとめるのは非常に時間が掛かったが、何とか皆が満足するような回答を得ることが出来た。

 一度ぐるりと周囲を見回した後、クロードは力強く一つ頷く。


「これにて議論は終了とする。――皆、お疲れ様」


 お疲れ様でした、と人々が声を重ね、自然と拍手が生まれる。隣の人と拳を合わせる者、疲れたというように天を仰ぐ者、仲良さそうに笑顔で話し合う者――様々な者がいたが、その誰もがへとへとでありながらも満足げな表情を浮かべていた。


「さて、お腹もすいたことだろう。別室にささやかだが食事を用意しているので、存分にくつろいでくれ――ミューズ、カズマ、ライトウ。すまないが皆を案内してくれ」


 クロードに促され、三人は先導して参加者を導いていく。

 と、そこでクロードはその背を見守っていたのだが、ふと気が付いたように立ち上がると、


「なあ」


 一人の少年に近づき、その肩に手を置いた。彼は少しビクリと肩を跳ね上がらせたが、それは後ろから肩を急に叩かれたからだったのだろう、くるりと振り向くと笑顔を見せていた。

 その人物は、この会議を決定づける意見を口にした少年――ジョン・スミスであった。


「なあに、クロードさん?」

「君には感謝しなくてはならない。――ありがとう」

「えっ? 何で褒められるの?」

「いずれ分かる。歴史が変わる時に君の名前は栄誉ある形で刻まれるだろう」

「んー、よく分からないけど……なんかすごいね」


 少年は不思議そうな表情をする。

 が、そこで何かを思い出したかのように「あ、そうだ!」と何やらポケットをごそごそと漁ると、


「はい、これ。お守り」


 クロードに、赤、青、黄、黒の四つのお守りを手渡してきた。


「これは……?」

「えっと……赤色のがライトウさんで、青色のがカズマさん、黄色がミューズさんのなんだって。あ、クロードさんは勿論黒だよ」

「そういう意味ではなく……何故、お守りを?」

「えっとね、お守りって人の気持ちが入っているから効果があるんだって」

「いや、だからね、お守りの意味を聞いたのではなくて……」

「絶対に間違えないで、って。あとずっと肌身離さずずっと持っていてね、って。じゃないとまた傷が開くわよ、って。そうお母さんが言っていたんだからそうなんだよ!」

「お母さん……?」

「あっ……これ言っちゃ駄目って言われていたんだった! お、怒られるーっ!」


 と、彼はあわあわと焦りながら、文字通り逃げるように部屋から出て行った。

 残されたクロードは唖然としていた。

 ライトウとカズマとミューズのことを知っている。

 傷口が開くという言葉。


「……彼女の本名をこっそり調べておけばよかったな」


 思い浮かぶのはたった一人。

 メイドであり女医であった彼女。

 まさか偽名であったとは。

 いや、それよりも――


「あれだけ大きな子供がいたなんて知っていたのか?

 なあ――ウルジス王?」


「……知らなかったな。全く、その素振りを見せなかった」


 と、投げ掛けた言葉に背部にいたウルジス王は、小さく首を横に振った彼は皆と一緒に行動せず、先の少年とのやり取りもじっと黙ったまま一人残っていたのだった。

 何故残っていたのか。


「さて、ウルジス王よ」


 その理由を、クロードは悟っていた。

 だから問うた。


?」


「……ある」


 グッ、と少し言葉に詰まりながらも、ウルジス王は眉間に皺を寄せる。


「何故……何故、こんな議論の場を設けた?」

「何を言っている。理由なんて分かっているんじゃないのか?」

「……分かっているからこそ、疑問なのだ」

「疑問に思っているし、怒っている、か?」

「……」


 深く息を吐いて「……そうだ」とウルジス王は言う。


「私は怒っている。一か月前に言ったことをそのまま引っくり返されたような気分だ」

「そういうように捉えられてしまうのは覚悟している。一応言い訳はしておくが、そういうつもりはなかった。それに他の人に意見を聞いたじゃないか。ということで俺が考えたわけじゃない……いや、違うな、そうじゃない」


 クロードは自問自答する形で否定の言葉を口にした後に、こう言い直す。


「これをベースに、ウルジス王――貴方を頼るつもりだった」

「……この話し合いで出た結論についての諸々を、か?」

「そうだ」

「――違うだろう?」


 頷くクロードに対し、ウルジス王は鋭い声で否定の言葉を掛ける。


「君が求めたのは結論だけではない――、だろう?」


「……やはり理解していたか」

「当たり前だ。大人を舐めるな」


 そう言いながらも、ウルジス王はようやく眉間の皺を伸ばし、口元に笑みを浮かべた。


「わざわざ多くの人間を集めて、そのうえで一つのテーマを与え、しかも主催側は持っているであろう自分の意見については基本的には提示せずに、参加者に意見を口にするのを促すのみ。――そんなこの会合の先に、君が何を見たかったのか?」


 彼は人差し指を立て、クロードにその答えを告げる。



「それは――だろう?」



「その通りだ」


 ――世界の縮図。

 それが見たかったのだと、クロードは首を縦に振る。


「本当だったら完全なる俺に対しての完全なる敵対者――まあ、ルード国の人間だな。その人間も交えた会議にしたかったが、流石にそれは無理だった。だからあれだけ多種多様の人種、ならびに老若男女関係なしに集まってもらったんだ」

「近い奴はいただろう? ほら……確かウォルブス、とかいったあの青年が」

「あれは予想の範疇の恨みであって、完全なる反発者の意見も欲しかったんだけどな。それがあの会議の場という『世界の中』で、どのように作用するかを見たかった」

「きっと感情論で否定に走っただろうな。理由もなく却下したり、場合によっては屁理屈をこねたりなどするだろう」

「そうなると彼は相当近い立場での行動をしてくれたということになるか。ならばある意味成功か。……まあ、これで分かった。世界征服した後まで、ずっと平和を維持するのは非常に難しく、大変だってことが」


 そこでクロードは席を立つ。

 そして、ウルジス王を真正面から見据える。


「ということで、先程の議論の結論に至った所までは俺はやるが、それ以外の所はウルジス王――いや、大人にやってもらうことにするよ」

「……ちょっと待て、クロード殿、どういうことだ?」

「単純な話だ。俺は好き勝手暴れて世界征服するから、平和維持に努めてくれ、ってだけだよ。あと、征服した後の世界の細かいことはそちらに任せる。勿論、既得損益とかそこら辺も含めてな」


 以上だ、とクロードは首を横に振る。


「このことについてここからは質問は受けないし、非難も受けないぞ。ウルジス王、貴方が子供の責任を大人が取るって言ったんだからな。これくらいはやってくれ。俺は目先のこと……そうだな、今はさっきの子供から貰ったお守りをみんなに与えることをしにいこうとしているな」

「……そういう時は不敵に笑うもんだぞ」


 肩の力を抜いて笑うウルジス王に、クロードは息は抜くものの困ったような表情で答える。


「何故かは知らないが俺は笑えなくてな。すまないがそのリクエストには答えることは出来ないんだ。それが出来れば少しは風格も出てくるのかもしれないが」

「意図してやっていたのではないのか」

「ああ。魔王としてジャスティスを破壊すると誓った瞬間から出来なくなったんだよ」


 本当は能力に目覚めてからなのだが、それをウルジス王に言う必要はない。

 するとウルジス王は顎に手を当て、神妙そうに頷く。


「うむ……それは精神的なものではないのか?」

「精神的? そんなやわに見えるか?」

「やわとかそういうことではない。あくまで私の考えではあるが……」


 そう前置いてウルジス王は言う。


――のではないか?」


「他の何かを抑える……?」

「そう。君は笑顔を禁止しているのは、他の何かを禁止していることの象徴なんじゃないかと思う。恋愛とか普通の生活とか、そういうのが出来ないから……出来ないからこそ、そうやって律する為に笑顔を無くした――精神的に守るために、というよりも、精神的に強くあるために、だがな」

「……」

「……クロード殿?」

「ん、ああ、すまない。少し考え事をしていた」


 そう言いつくろったが、実はウルジス王の言葉は途中から、クロードの耳には半分程度しか入ってこなかった。


 他の何かを抑える。

 その為に笑顔が出来ない。


 ――その言葉だけが。妙に心に引っかかった。


 自分の中の捉え方は、ウルジス王の述べていたことと違った。

 精神的なことではない。

 何かを抑えるために、笑顔を抑えているのではない。


 笑顔を抑えている間、自分は――


「……余計なことを言ったか?」

「いいや。――だが、別に笑えなくてもどうでもいいし、この状態で精神的な何かがあったとしてもこのまま突っ走らさせてもらうけどな。不都合は生じていないし」


 ということで、とクロードは手を一つ打ってウルジス王に背を向け、部屋の出口の方へと歩を進め始めながら言葉を紡ぐ。


「先の話に戻るが――俺はこのまま考えたことを突っ走る。なので後の諸々の処理は大人に任せる。これ以上は特には考えないさ」

「……まあ、こっちが言ったことだから今更何もそれについては言わないが……限度を持ってやってくれよ――というのは無駄、か」

「分かっているじゃないか。限度なんて存在しないからな、俺には」

「……」

「あ、そうだ。言うことがあったんだった」


 唐突にクロードは立ち止まり、人差し指を立てながら振り向く。

 そして渋面を浮かべているウルジス王に向かって、こう言い放った。



「世界征服についてはそう遠くない未来だから、きちんと準備していてくれ。

 そう――、な」

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