幕間

第287話 幕間

     ◆



 ルード国。

 首都カーヴァンクルにあるルード軍本部内、中央会議室。


「――しかし、寂しくなったものだな」


 その中央で鎮座している軍の最高責任者である総帥キングスレイは、パソコンに向かって言葉を投げた。勿論、パソコンに語り掛けているといっても、インターネットで繋がったその先には相手がきちんといる。


『あららー。孫が恋しいおじいちゃんみたいな言動しちゃってー』

「実際に年齢はそのくらいなんだがな、セイレンよ」

『まったまたー。肉体むっきむきで身体能力はマイナス八〇歳くらいのくせにー』


 にっしっし、と画面上のウサギが笑う。アドアニアでミューズに見せたのと同じ画像である。


「それだと退行しすぎて生まれていないな、私は」

『ちょっと真面目に返さないでよー。暇なのー?』

「暇ではないがな。しかしそちらは忙しいのか? ここに顔を出さずにパソコン上での会話にしたいと言ってきたが……」

『つい最近はその会議室に行ったりアドアニアに行ったりしていたけどー、そっちの方が今までのあたしからしてみたらアクティブすぎて意外じゃないのー?』

「そうだったな。前に戻っただけ、か」

『そうそう、気まぐれなのよーん。――ところで、コンテニューちゃんはそこにいないのー?』

「うむ。招集を掛けたがまた何処かに出張しているようでな。彼も忙しいようだ」

『まあしょっちゅうどっか行っているからねー。あ、忙しさにかまけて総帥ちゃんの殺害なんて考えられないようにしている策なのー?』

「そんな策は弄していない。別に出張は私の命令ではないからな」

『あっはっは。分かっているって。冗談冗談。……というか、総帥ちゃん殺害、については突っ込まないのねー』

「総帥ちゃん、って言葉は威厳が保てなくなるから避けてほしい所はあるな」

『あ、そっちなのね……じゃなくてー、コンテニューちゃんが総帥ちゃんを殺したがっている、って方ねー』

「ん、まあそのことについては彼は初めて会った時から言っているし、ずっと虎視眈々と命を狙っている節は……そういや最近、見られないな……」

『魔王で忙しいからねー』

「うむ。苦労を掛けているな……と、そうだ。少し前に彼と同じ匂いのする青年に出会ったのだ。お前には話してはいなかったが」


 キングスレイが手をポンと叩くと、セイレンは『へえー、それってどんなのー?』と興味津々に訊ねてくる。


「名前はもう分かっている。『サムライ ライトウ』だ。サムライという異名があるだけに刀のスキルは良いモノを持っているが、如何せん、対人については経験が浅く、若さが出ているな。ただ、私に対しての挑戦心は持っているようだ。いずれ私を殺しに来るだろう」

『ふーん、そうなのねー。総帥ちゃんが気に掛けるのは珍しいわねー。……っていうかさあ、総帥ちゃんさ、前から訊きたかったんだけどさー?』

「何だい?」


『命を狙われる存在増やしてどうするの? 死にたいの?』


 コンテニュー。

 ライトウ。

 二人共にキングスレイを討ち取ろうとしている。


「んー……それは正解で、正しくない――というのが合っている表現、なのだろうか?」

『んんん? どういう意味なのさー?』

「勿論、生ある者として死にたくはないさ。ただ――私が死ぬような状況を作り上げることが出来る優れた若者が現れれば、この命は使い果たしても悔いはない。そういう意味合いだ」

『はー……変わっているっすねえ……やっぱり上は考えることが分からないっす……』

「急にその言葉遣いはどうした?」

『あ、これ? 娘の真似ー』

「ああ、アドアニアで邂逅したのだっけ?」

『そうよん。こんな口調になっちゃってさー、全く、親の顔が見たいわねー』

「私は気の利いたツッコミは入れられないぞ」

『にゃははははー。相変わらずの堅物ねー』

「純粋と言ってもらえないか?」

『んー、まあ、純粋も純粋よねー。だって未だに考えているんでしょ?』

「何をだ?」



「……」


 セイレンがさらりと告げた言葉に、キングスレイは目を丸くした。


「……よく覚えていたな」

『なあに言っているのさー。そっちこそボケたんじゃないのー?』


 少々イラついているような声音で彼女は言う。


『あたしがルード国の科学局に就職したのって、世界平和の為じゃないかー。その為にジャスティスだって作ったのにー』

「ああ、そうだったそうだっ……いや、嘘を付くな」

『嘘?』

「お前は世界平和の先に何があるかを見たいから、ってだけだろう?」

『えー? 結果論的に世界平和を望んでいるのと変わんないじゃーん』

「違う。私は世界平和を望んでいるが、君は前人未到のその先を見たいだけだろう?」

『んー、まあそうだけどさー。まあ違うけどさー。……ま、そんなどうでもいいことで時間を使う意味はないよねー』


 明らかに納得していない、というのを声に乗せながらも話を切りかえてくる。


『で、あたしに何が聞きたくてこんな会議開いたのさー?』

「ああ、それが本題だったな」


 すっかり忘れていた、といった様子で頬を一つ掻き、キングスレイは問う。


「『正義の破壊者』の最近の動向はどうだ? 何か情報は入っているか?」

『んー、特にはないねー。一か月ちょっと前に動きを再開した、ってのはあったけど、あれもデマだったみたいなのねー』

「そうだったのか」

『やっぱり魔王は、コンテニューちゃんが与えたダメージの所為で色々と動けないのは事実みたいねー。ま、それを隠すための情報戦だった、ってところかしらねー。動きを再開させたっていうのはー。――ま、全部こっちの策略だってのは分からないように色々としたけどねー』


 クロードが負傷した。

 故に動けない。

 もしかすると死んでいるかも。


 ――そんな噂がネットの海を泳ぎまわっていることは知っている。

 しかも、じわじわと、どこからか出たか出所が分からない噂が這い回るように流布しているせいで、論拠もなく信憑性のないのに妙に信頼性のある噂として世間に認識されている。


「……まあ、セイレンなら造作もないことか」

『ん? 何? 褒めているの?』

「褒めているさ。――とにかく、あちら側に動きはないんだな」

『ないねー。だからもしかして本当に魔王は死んじゃっているのかもねー』


 魔王クロードの死。

 それを隠すために生きている様に見せかけている。

 故に表だって動いていない。

 ――動けない。


「……ならばそろそろこちらから動くか?」

『それもいいと思うよー。ちょうどいいタイミングだけど【ガーディアン】の機体も修理完了したしー』

「本当か?」

『本当よー。ついさっきー、世界平和について話していた時に完了したのー』

「……本当か?」

『んんん? さっきとニュアンス違うねー』


 喜色を浮かべているのが容易に想像できるであろう、彼女のその回答。きっと本当なのだろう。相も変わらず人智を超えた所業だ。


『まあいいやー。パイロットの二人の調子もばっちり――あ』

「ん? どうした?」

『いやねー、パイロットの一人がね、ちょーっと色々あってねー』


 ガーディアン。

 一応は総帥直轄という形は置いてあるが、実質はセイレンの配下であるため、パイロットが誰なのかはキングスレイは知らなかった。


「何かマズいことでもあったのか?」

『んーとね……調のよー』

「……調子が良すぎる?」

『以前は不安定で色々と苦労していたんだけどねー、ここ最近はデータ上は色々と安定しているのねー』

「それが悪いことだとは思わないが……一体、何があったんだろうな?」

『んーとね、それが思い当たることが一つあるのよー』

「何だ?」


『その子ね。――のよー』


「……コンテニューが?」

『そうなのよー。その時に密室で二人きりでお話ししたらしいのよー。もー、ナニをしていたのかしらねー?』



「――何もしていませんよ」



 その声は、会議室の入り口の方にいた――笑顔を携えた金髪碧眼の青年から発せられていた。

 いつの間にか入室していたらしい。


「コンテニュー、いつの間に……?」

『なにー? コンテニューちゃん来ているのー? いないって言ってたじゃーん。総帥ちゃんの嘘つきー』

「いや、私も今気が付いたんだが……ん?」


 と。

 そこでキングスレイは眉間に皺を寄せる。


「コンテニュー……なのか?」

「どういうことです?」

「何か、……」


 完全に直感でどこが違うかを説明は出来ないのだが、少年から青年に変遷した、ような違和を覚えていた。約一か月前に彼の姿を見ているので、ここまでの短期間でそこまで変わるのか、と少々の驚きを覚えていた。


『なになにー? 見せて見せてー? っていうかやっぱり大人の階段登っているんじゃないのー』

「……そんなことをしていないと言っているでしょう」


 笑顔ながらも少し言葉に棘を含めて、彼は反論する。


「きっと大人びたのは少し疲れが見えているからではないでしょうかね? 元帥一人ではなかなかきつい面があるのですよ」

『その癒しの為に、あの子と大人の階段を……』

「そんなことをしている暇すらなかったのですよ」


 はあ、と深い溜め息を吐くコンテニュー。そこに疲労感が詰まっているのはひしひしと伝わってきた。


「……すまないな。どうしてもブラッドとヨモツの代わりになる人材が見つからなくてな。なかなか君みたいにすぐに元帥の地位にあげられる人物がいないのだ」

『ついでに海用と空用のジャスティスを修理する時間も無くてねー。というか今はそれよりも獣型のジャスティスの方がトレンドなのよー』

「……成程。だから用意する必要もなかった、ということだったのですね」


 まあいいです、とコンテニューは首を一度振ると「遅れて申し訳ありません。何の話でしょうか?」と訊ねてくる。


「うむ。『正義の破壊者』の動きが見えないから、こちらからそろそろ動き出そうかという話をしていた」

「……『正義の破壊者』の動きが見えない?」


 疑問符を浮かべながらツカツカとコンテニューはキングスレイの方へと歩みより、目の前にあったパソコンに向かって問い掛ける。


「それはあなたの情報網でもですか?」

『そうよん。だから魔王は既に死んでいるんじゃないかなー、って話をしていたのよん』

「そういう認識ですか……」


 コンテニューが口元を抑えて、何やら考え込むような仕草を行う。


「どうした? 何か出張中に見つけたのか?」

「ええ、まあ、出張中というよりも、ですが……」


 そう言って彼はもう一度パソコンに向かって問い掛ける。


「本当にあなたの情報網には何も動きが無いのですよね?」

『そうだよー。全くこれっぽっちも動きなし』

「だったらこう言わざるを得ませんね」


 コンテニューは眼を細くして告げる。


「――所詮はインターネット。情報収集には限度があるんだな、って」

『……どういうことー?』


 少し険を含んだ声を放つセイレンに、コンテニューは再び大きく息を吐く。


「このタイミングだと僕が非常に疑われますが……まあ、いいでしょう。てっきり準備万端だと思っていたのでこの状況は誤算でしたが、でも、それでもあなた達はきっときちんと対応するのでしょうね」

「……何を言っているのだ、コンテニュー?」

「すぐに分かりますよ、きっと」


 と。

 コンテニューがそう告げた直後であった。



『――ルード国民に告ぐ』



 突如、聞き覚えのある声―― が、ルード国首都カーヴァンクル中に響いた。

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