番外編 飲会 06

 さて。

 お次は銀髪の美女と泣き崩れている中年の元へと向かう。


「ちょっと失礼……ヨモツ、どうした? いつものお前らしくないぞ?」

「ジェラスさん……俺……自信が無くって……アリエッタに言われた通りの臆病で……やっぱりみんなにばれているのかなあ……?」

「……アリエッタ元帥。彼に何を言ったのですか?」

「ただ単に、人によって態度を変化させるのは止めた方がよいということを言っただけですよ」


 アリエッタは鋭くきつい印象を持たせる口調で答えてきた。


「キングスレイ総帥だけに媚を売って他の人を見下すような発言は控えるべきだ、と。先程はジェラス大佐に対しても敬語を使っていたでしょう? 何故それを他の人にも出来ないのです?」

「だって総帥とジェラスさんは昔にお世話になったし……年上だし……それ以外の人には舐められるわけにはいかない、とわざとやって……」

「だったら全員に敬語を使えばいいじゃないですか。私がみんなに舐められているように見えますか? どうですか?」

「うぅ……それはあんたの性格が……」

「……私の性格が! 何ですか!?」


 ダン、と乱暴にグラスを置くアリエッタ。

 ヒッ、とヨモツが身体を跳ね上げる。


「だってきつい性格で近寄りがたいっていう印象で舐められていないだけで、お前の口調は関係ないだろ……?」

「私のどこが! きついというのですか!?」

「ひいい! そこだよそこ! あっ、俺トイレ行ってくるわ……」

「そういうことを女性の前で言いますか!? そういう所がなっていないのですよ! ヨモツ元帥、あなた年は幾つですか!?」

「あーあー聞こえないうんこうんこー」


 ひどく下品な言葉を放ちながら、ヨモツは退室して行った。きっとこのまま戻ってこないだろう。


「全く……どうしてあの人は……」


 ぶつぶつと文句を口にしながら、アリエッタは一気に酒を煽る。ジェラスはアリエッタについては顔を知っている程度ではあったが、ヨモツとそりが合わないなとは思っていた。この飲み会でそれが顕著に表れたとはいえ、まさかあそこまでヨモツが圧倒されるとは予想外だった。というよりも、ヨモツのメンタルの弱さは剣を教えた時から変わっていないな――というように少しの懐かしみと出来の悪い弟子の様相に、ジェラスは苦笑をする。

 と、そんな彼に、残された彼女は言葉を掛けてくる。


「……ジェラス大佐。聞いてもいいですか?」

「何でしょう、アリエッタ元帥」


「私って……女としての魅力が無いのでしょうか……?」


「……は?」

「だって先程もヨモツ元帥に小学生のようなことを言われましたし、この元帥の地位に上がるために、汚いことは何でもやろう、何なら女の武器である身体も使ってやろう――って決意していたのですが結局の所一回も使わず、というか必要とする場面が来なかった……これは私の魅力が無いということでしょうかぁ……?」


 少し涙声で上目遣いになって問い掛けてくる彼女の様子に、ジェラスは思わず動揺してしまった。

 女性としての魅力。

 それは十二分にある。

 容姿端麗であり、机の上に載せている胸といい、机からはみ出ている綺麗な足といい、男心をくすぐる要素はたくさんある。


「やっぱりこの年までキスの一つも経験が無いことが魅力の無さに繋がるんですね? そうですね?」

「いや、そんなことは……」

「そんなこと? ……じゃあジェラス大佐は私に女としての魅力を感じているってことですかぁ?」


 少々甘ったるい口調とその内容に大いに困惑するジェラス。

 心の中の答えをそのままいうのであれば、イエス、だ。

 だがそう答えた場合、客観的な自分への評価はどうなる?

 そういうつもりはないとはいえ、酔っている美人の年下の上司を口説いていることになる。

 ――訳が判らないことになる。


 老兵は必死だった。

 目を瞑り、額に指を当てる。

 脂汗も滲み出てくる。

 老兵は考えていた。

 どうすればいいか。

 失敗は許されない。

 知られてはいけない。

 あいつにだけは。

 知られた時点でそれは失敗だ。

 失敗になる。

 だから考える。

 考える。

 考える。

 考える。

 考える。

 考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える。考える――



「――これしかない、か」



 老兵は考えに考えた末に決意した。

 


「アリエッタ元帥。貴方は――」


「……すー、すー……」


「……」


 決意を込めて答えを告げようとした老兵の目の前にて、銀髪の女性は可愛らしい寝息を立てて机に突っ伏していた。

 彼女も相当酔っていたのだろう。


「……まあ、いいか。良かった良かった……って良くないぞ、これ?」


 ジェラスは気が付く。

 結果としてこの飲み会の現状は、睡眠四人、プラス、逃亡一人、というカオスな状態は継続されてしまったのだ。

 それでも、入出当初よりはマシになっているというのが末恐ろしい。


「にしても……みんな短時間で酔いすぎ」


 始まって一時間足らずの出来事なのだ。

 その間、どれだけハイペースでアルコールを摂取していたのだろう。


「みんなお酒に弱いのかな? それとも――」


「――ストレスが溜まっていて飲まなくてはやっていられない――ということかな?」


「なっ!?」


 ジェラスは驚きの声を上げた。

 想像だにしていない方向からの、想像だにしていない人物からの声だったからだ。

 その人物は身体を起こして、何事もないかのように振る舞っていた。


「やあジェラス大佐。幹事ご苦労様」

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