番外編 飲会

番外編 飲会 01

 ※この物語はPV50000突破記念に息抜きで書いた「番外編」です。

 時系列は魔王誕生よりも少し前の時期です。

 一部キャラクターの印象が変わってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。

 あくまで息抜きの番外編なので、正史と扱うかは皆さんのお心にお任せします。



    ◆



「飲み会を開かなくてはいけない……」


 とある一室。

 脂ぎった男性の悲痛な声に、部屋にある椅子に座っていた同年代くらいの老齢の男性は耳を疑いながら問いを返す。


「今、何と言いました、ブラッド元帥?」

「よせ。ここは基地内とはいえ、今、この部屋の中には俺達二人だけだ。階級とは関係なしに友人として接してくれ、ジェラス」

「……分かったよ、ブラッド」


 老齢の男性――ジェラスは、ふっ、と小さく笑いを零す。


「そのセリフは同期の男性に言われても少しも嬉しくないな。二人きりとか」

「俺だってそっちの趣味はないさ。……だが、こう愚痴を話せる仲の人間はめっきり少なくなってな」

「ああ、ほとんどが戦場で散ったか、田舎に引っ込んだかしたからな……」


 ジェラスは遠い目をする。

 軍人をやっていればいずれはこうなる。

 それをひしひしと感じていた。


「ブラッド。お前はまだ一線を引かないのか?」

「引かぬ。まだ俺は戦いたい」

「戦いたい、か。……その一心だけで出世したから凄いよな、お前」

「たまたま軍の方針と合っていただけだ。そういうお前だって指導者の道に進まなければ元帥は行けただろうに。


 なあ――『剣霊けんれい』」


 ブラッドが鼻で笑う。


「まるで幻惑のようにいつの間にか斬られている――過去に『剣豪』と並んで最強の二人と影で呼ばれていたお前がな」

「……それはお前が呼んでいただけだろう」

「ああ。でももう一人――キングスレイ総帥も呼んでいただろう」


 というか、とブラッドは続ける。


「その二人以外は既にこの世にいないからな」

「……昔の話だ。それこそ」


 大きく息を吐いて、ジェラスは自嘲気味に笑う。


「それに今も鍛えている総帥と違って、私の身体は既に年齢に負けているよ。あの頃の動きはもう無理だ」

「だろうな。だからお前は一線を引いて文官みたいな仕事をしているんだもんな」

「何を言っている? 後進の剣の育成は文官の仕事ではないぞ」

「はっはっは。そうだな。すまんすまん」


 ブラッドが快活に笑った後に前へ乗り出す。


「だが育成だけではなく、前線に立ちたいと思わないか? ジャスティスは老齢には関係ないぞ。どうだ? 俺と共に戦わないか?」

「せっかくのお誘いだが断らせてもらおう」

「……即断じゃないか」


 ブラッドは眉間に皺を寄せると、ジェラスが口元を緩める。


「最初からそのつもりはないよ。今の私は自分が強くなることよりも、後進が強くなることに喜びを見出しているんだ。そっちに集中したいのだよ」

「……相変わらずだな、お前は」

「別にブラッドを否定するわけではないよ。君の元に部下が付いてきているのがその証拠だ。ただの考え方の違いだよ」

「はあ……分かった。これ以上の説得は無駄だな」


 ブラッドは椅子に深く腰掛ける。


「ジャスティスに乗って前線に立たせるのは諦めた。だが――先の話に戻そう。そっちは相談に乗ってくれ」

「いや、その前段が無くても別に相談に乗るのは構わないが……まずは説明してくれ」

「うむ。説明しよう」


 ブラッドは一つ頷き、額に手を当てる。


「キングスレイ総帥に先程呼び出されてな……」


『元帥同士の交流が少ないし、仲が悪いように見える。よし、飲み会を設定しよう。ブラッド、幹事を頼む。参加者は私と元帥達と……あとはセイレンにも声を掛けておけ。あいつは来る来ないに関わらず声を掛けないと面倒くさいからな。あと他に誰を誘うかは任せる。ジャアハン国にはあるというが”ブレイコウ”という、上の者を恐れずどんどん文句も言っていい形式らしいのだが、それで行こう。よろしくな』


「――って言われてな……」

「……それはご愁傷様だな」


 頭を抱えているブラッドに、ジェラスは心の底から同情した。


「何故私なのだ……総帥の意図が分からぬ……」

「いや、よく考えてみろ。君の他の面子を」

「俺の他……」


 ヨモツ。

 アリエッタ。

 ついでにセイレン。


「……仲良く出来る訳ないじゃないか!」

「だよなあ……ヨモツがまともに見えるこのラインナップは凄まじいよな……」

「あいつ、総帥の前ではまともに振る舞っているが、やはり本性を見抜かれているんだな」

「ということだ。私が総帥の立場でも君に頼むだろう。……まあ事情は分かった」


 一つ手を打って、ジェラスは静かな声で訊ねる。


「で、ブラッド、君は私に何を言いたいんだ?」

「頼む! 飲み会について手伝ってくれ!」

「せっかくのお誘いだが断らせてもらおう」

「即断じゃないか! っていうか誘いじゃないぞ!」


 下げた頭をすぐに上げたブラッドは恨みがましい目でジェラスを見てきた。


「いや、だってその面子と飲み会なんて嫌だし」

「正論を吐かないでくれ! 俺だって嫌なんだよ!」

「それに何も助けることなんて出来ないと思うが……」

「一緒に参加してくれ! 頼む!」

「せっかくのお誘いだが断らせてもらおう」

「貴様それをテンプレにする気か!? っていうか頼むよ、この通りだ!」

「いや、頭を下げられても心は揺るが……はあ、分かったよ」


 ジェラスは溜め息を吐きながら了承する。


「幹事も手伝ってやろう」

「ありがとう! 恩に着る!」


 喜色満面のブラッド。その目の端に光るものがあったことには目を瞑り、ジェラスは立ち上がりながら言葉を紡ぐ。


「で、早速だがコンタクトを取ろうか。早い方がいいから時期は今週末にしよう。ちょうど元帥会議で集まるんだったよな? その日で私が店の予約を取ろう。君は参加者に連絡を取ってくれ。ちょうど二分割だな。とりあえず追加の参加者とかはそちらでお任せするな。店は人数どうとでもなる所を知っているから、今から予約してくる」


 早口で捲し立ててジェラスは扉に手を掛け「それじゃ」と片手を挙げて退室して行った。


「……仕事が早いな。さすがジェラスだな……」


 感心した様に頷きを繰り返すブラッド。

 しかし彼は数秒後、とあることに気が付いて首を捻った。



「……あれ? 結局何も精神的な負担は変わっていない気がするぞ……?」



 ――結局。

 準備段階での心労は変わらないことに彼が気が付くのは、更に数分の時を要した。

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