平和
第280話 平和 01
◆
――『正義の破壊者』が再び行動を開始した――
まことしやかにそんな噂が囁かれていた。ただあくまで噂レベルの話であり、何を行動開始したのか、実際には表立ってはいなかった。
しかし、そんな噂が流れるほどに、あのアドアニアの出来事から『正義の破壊者』は少なくともここ数週間は目立った動きがなかったのは確かだ。敗退がより確定的なものだと世間に印象付けられていた。
一方、ルード国も特に何も動いていなかった。
この機に乗じて『正義の破壊者』の配下にある国を占有するかと思えば、決してそうはしなかった。あちらも『ガーディアン』が全く姿を見せておらず、その点からルード国も多少のダメージを負ったのだと推定する人もいた。
どちらにしろ、世界がここまで動かなかったのは事実だ。
ただ、動かなかったけれども人々の心は安寧ではなかった。
いつ、どちらが何をするのか、全く読めなかったからだ。
そんな世の中では表立った戦闘はないとはいえ、とても平和とよべるものではなかった。
不安な情勢は不安定な心を生み出し、人を凶行に駆り立てる。
特に『赤い液体』が蔓延していないルード国配下の国、もしくは中立国では犯罪が横行し、ウルジス国配下――『正義の破壊者』の下についている国へと逃げ出す人も大勢いたという。何もしていないのに結果として『正義の破壊者』に付く人が微増したのはそのような理由であった。
そんな中で『正義の破壊者』が行動を開始したという噂が流れたことについて、人々は様々な憶測を立てた。
ルード国をけん制する為に『正義の破壊者』のハッタリ。
逆に『正義の破壊者』に流入しない為のルード国の嘘。
はたまた本当に何か動きを開始している。
正解は、一番最後であった。
「――さて」
ついこの前まで滞在していた一軒家とはまた違う、とある一室。
広大な会議室のような無機質な部屋でありながら、細長い机を囲む様に並べられており、それはまるで一つの円卓のようになっていた。
違うのは部屋だけではない。
更なる大きな違いは、そこにいる人数と種類であった。
茶色の髪をした青年。
褐色の肌の三十代くらいの女性。
白髪の混じった初老の男性。
くりくりとした眼が特徴の男の子。
髭を蓄えた王。
勿論、ライトウとカズマ、ミューズの三人も同席している。席順で言えばクロードを挟んで両隣にライトウとミューズ、ミューズ側にはカズマという配置だ。
性別も人種も年齢層もかなり幅広い人達が、所狭しとこの部屋に集まって円卓を囲んでおり、誰もが誰しもの顔を見ることが出来ていた。
数として、ざっと五〇人。
「老若男女、人種、思想――色々な人物にここに集まってもらった。言語は共通してアドアニア公用語を話してもらおう。全員、話せるようにはしてあるからな。でも本来は言語すら別な人々だ。共通しているのは『正義の破壊者』、およびウルジス国に賛同している国の人達、という点だけだ。勿論、俺に共感している人を集めたわけじゃないから、中には俺に反感を抱いている人間もいると思う」
ピクリ、と数人が反応をする。きっと彼らが反発を抱いている人なのであろうことは容易に想像が付いた。
――どうしてそんな人もいるのか?
この部屋の中でそう思った人は多数いるだろう。
その疑問についての答えは、至極単純だ。
クロードが望んだから。
出来るだけ思想の違う人を集めてくれ。
男でも女でも子供でも老人でも、複雑な思考をする人でも単純な思考でも、迫害を受けていた人でも裕福な人でも、とにかく色々だ。
但しきちんと発言できる人を連れてきてくれ。
意見じゃないぞ。発言だ。そこを間違えないでほしい。
以上が、クロードがミューズとウルジス王に依頼した事項であった。
「ここに集められて何をするのか、皆はまだ何も聞いていないだろう。ただ単に呼ばれたからって人がほとんどで、不安に思っている人も多数いるだろう。だが、ただ話をするだけだから使うのは頭だけだ」
クロードの言う通り、何故集められたのかを知らされている人は、実は幹部ですらいなかった。当たりをつけている人物は何人かいたが。
――が。
「さて、みんなには早速だが議論してもらおう。議題は――」
次に告げられた彼の言葉は、そんな当たりを付けていた人物達にハズレを突きつけ、呆然とさせた。
「俺が全世界を征服した後に――どうすれば全世界が平和になるか、だ」
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