第278話 後悔 12

    ◆ライトウ



 ――少し時は遡る。

 ウルジス王に続いてカズマとミューズの二人がクロードのいた部屋から退室した、その頃。


 部屋の真ん中。

 そこでライトウは、ただただ立ち尽くしていた。


 理由はただ一つ。

 先のクロードからの指示の意味について思考を燻らせていたからだった。

 彼には次の戦いや指針にどのように影響するのか、全く理解出来なかった。

 が、一つだけ、理解したことがある。

 それは、クロードが真っ直ぐに、迷いなくその指示をしたことだ。

 ライトウ達に弱音を吐いていた時には口にしないであろう、その言葉。

 だからウルジス王の言葉で本当に立ち直ることが出来たのだろう。

 流石大人だ。

 相手が欲しい言葉を与えられる。

 これが経験なのか――


(……というか……何だ、これ……?)


 もやもやとした感情がライトウを襲う。

 自分の言葉では立ち直らず、ウルジス王の言葉で立ち直った。そのことに嫉妬している?

 付き合いの短い第三者にあっさりと解決されてしまったということに対し、仲間意識としてそういう感情はあるのかもしれない。


(だが――それだけか?)


 言いようのない不安がライトウの心の中で渦巻く。

 ライトウの直感が、何かを訴えかけてくる。

 しかし、その正体が全く掴めない。

 何が気になっているのかすら分からない。

 その気持ち悪さが態度に出てしまったのか――


「――ライトウ」


 と。

 クロードに声を掛けられたことで意識が現実に揺り戻される。そこでライトウは少し周囲に視線を向けたが、どうやら既に皆は退室済みであったようで、部屋にいるのはライトウとクロードの二人だけの様だ。


「何だ? 俺だけ何か用か?」

「用と言えば用だ。ただ一言、言いたいだけなんだけどな」


 そう前置いて、彼はライトウの近くまでひどくゆったりとした歩調で近づいてくると、こう耳打ちしてきた。


「――余計なことは考えるな。君はどうやって憧れの相手キングスレイを倒すのかだけを考えるんだ」


「っ!?」


 驚きに身が固まった。

 ライトウが考え、悩んでいることを見抜かれた。

 それだけならば驚きには値しない。そういう態度を出してしまっていたのか、と。

 それ以外。

 クロードはまだ目覚めたばっかりだ。

 なのに――どうしてライトウがキングスレイと戦ったことを知っているのだろうか?


「やはりそうか」


 ぼそりと、クロードは告げる。

 どうやらハッタリだったらしい。


(……ハッタリ? 本当にそうか?)


「……というように、分からないことをいつまでも悩んでいても仕方ないし、前進しないぞ」


 またタイミングよく頭の中身を読んだような――いや、実際読んでいるのだろう、そう全てを見通したような言い方をして、クロードはライトウの肩を叩く。


「君も自分に出来ることを真っ直ぐに考えるんだ。それだけを考えろ。――俺と同じように、な」

「……分かった」


 首肯し、ライトウはクロードに背を向け、他の人と同じように部屋を出ていた。

 そして数秒後。

 部屋から少し離れた場所まで歩いた所で、彼は立ち止まる。


「……ああ、そういうことか」


 ライトウは敢えて言葉を口にする。

 クロードから直接は聞こえない位置、声の大きさで。

 それでもきっと、彼は知ったのだろう。

 ライトウがこの答えに辿り着いたことを。


 先程までの違和。

 もやもやとした感情。

 その正体に気が付いていた。


「せっかくクロードが近づいたかと思ったのに――またから、か」


 弱音を自分達に吐いてくれた。

 それだけでずっと遠い位置にいたかのようなクロードに対して、同世代の少年であると認識出来た。

 出来たのに、今はその認識が薄れてしまっている。


「早すぎるだろう……怪我の治癒も――


 ライトウは額に手を当てて唸る。

 クロードは相当な重傷だったはずだ。しかし彼は立ったり、あまつさえ歩けたりしている。それは能力で治癒したり、もしくは大丈夫な振りをしているのかもしれないが、いずれにしろ、先の弱々しい本音を態度にも現さない、という意思表示になっていると感じた。

 更には――ウルジス王の言葉の理解。

 あの言葉は確かに響いた。ライトウにも響いた。

 だけど、理解するには、あの時の彼の精神状態では時間が掛かるだろう。


 子供じみたワガママ。

 それを大人が尻拭いをするから存分にやれ。


 ――そんなことを承服できる環境ではない。


(クロード……何を考えている……?)


 ウルジス王の言葉を受けて考え方を変えたのはあるだろう。

 但し、それはウルジス王や他の人が思っているような考えに、ではない。

 他の何かで捉えている。

 ――そう感じたのだが。


「……止めよう」


 ライトウは二度頭を横に振る。

 止めるというのは、このことについて考える行為だ。

 というよりも、止められた、と言った方が正しい。


「クロードにも忠告……いや、か。そうされたしな」


 先の彼の言は、二つの意味での警告。


 クロードについてこれ以上考えるな。

 自分のことだけを考えろ。


「……確かにそうだな。俺にはそんな余裕はない、な」


 腰の刀に手を当て、ぎゅっ、と強く柄を握りしめる。

 刀使いとしての自分のルーツを知った。

 知って、あることを掴んだ。

 だがまだ足りない。

 その足りない部分を埋める。

 今の自分にはそれが必要だ。


 そうしなくては――キングスレイに勝てない。


「……ありがとう、クロード」


 その言葉は二重の意味で告げていた。


 一つは、改めて刀をくれたことに対して。

 もう一つは、改めてキングスレイに勝つという目的に気が付かせてくれたこと。


 迷いはある。

 他にも考えたいことがある。

 だけど、今の自分がやるべきことはただ一つだ。


 先の回想の中で見つけた、自分の刀のルーツ。

 そこから得たヒント。

 自分の中で答えを導き出せていた。

 それをきちんと認識すること。。

 そして実行に――行動に移すこと。


 それをきちんと行うことによって――



「絶対に――キングスレイに勝つ」



 強い決意の言葉を口にして、ライトウは再び歩みを始めた。

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