第277話 後悔 11

    ◆ミューズ



 先の言葉の後、クロードは『とあること』を皆に――特にウルジス王とミューズを中心として依頼した。

 その依頼事項は、かなり驚くべきことであった。

 それは決して、今までのクロードであれば絶対に口にしない言葉であろう。

 故に戸惑っていた。


「……びっくりしたっすね」

「うん、僕もだよ」


 それはミューズとカズマもそうであった。

 退室した直後、カズマの誘いによりミューズは彼の部屋にて会話をしていた。

 会話だけでやましい気持ちはない。

 ――そんな気分にはなれない。

 それは二人とも同じ心境であった。


「クロードさんがあそこまで落ち込むなんて思わなかったよね」

「あ、そっちっすか」


 ミューズは、はは、と軽く笑い声を零す。


「いい加減冷めたっすか? クロード教は」

「そんな言い方はないだろう。まあ、盲信的な所はあったのは事実だけれど」


 カズマが苦笑いを浮かべる。


「でも、もうあれでハッキリ分かった。僕がどれだけクロードさんを神格化していたかってことを」

「クロードに幻滅した、ってことっすか?」

「……分かっているくせに」


 さあ何のことっすか、と嘯くミューズに、カズマは微笑む。


「特殊な能力を持っているだけで、精神的にはクロードさんは普通の少年なんだ。達観している様に見えてもね。なのに僕達を助けてくれていたのはとても――とても、凄いと思うよ」

「更に尊敬の意を上げたってことっすね」

「うん」


 カズマが首を縦に動かす。

 その答えが返ってくることを、ミューズはよく理解していた。

 何よりもカズマのことなのだ。

 ずっと見て来たのだ。

 間違えるはずがない。


「僕達は勘違いしていたんだ。クロードさんが遥か高みにいるように見えていたけど、実際はすぐ手の届く場所――手を差し伸べられる場所にいたんだ」


 と。

 そこでカズマは目を伏せる。


「だけどそれを僕は……遠いと思って見過ごしていたんだ。見ないふりをしていたんだ」

「……あたしもっすよ」


 ミューズの声も沈む。


「カズマよりもあたしはずっとずっと前にそんなことに気が付いていたっすよ。それこそウルジス国との交渉の際には既に……だけど、ずっとクロードに甘えていたっす。そして放棄したっす。彼がどんなことを悩んで、助けが必要なのかってことへの思考をすることを」


 ウルジス国での交渉。

 あの時、クロードはひたすらウルジス国のジャスティスを破壊することにこだわっていた。

 更には浅い考えで結果的にそれがこうした出来事――赤い液体を匂わせたこと――があったのだが、そこでも結果にしか目を向けていなかった。


「……反省しなきゃね」

「……そうっすね」


 二人はお互いに顔を見合わせて、うん、と頷く。

 数秒、そのままの状態のまま制止する。

 が、やはり男女が同室で黙り込んで見つめ合う構図に、ミューズの中の恥かしいという感情が段々と顔を出してきた。なので冗談の一つでも口にしようとした――そこで、


「――ねえ、クロードさん、何かまた遠くなった気がしなかった?」


 カズマが先にそう問い掛けてきた。

 言葉の出し先を見失ったミューズは一瞬だけその問いに回答できずに戸惑ったが、やがてすぐに理解して返答する。


「ああ、うん。立ち直った後ね」

「そう。あれまでは弱音も吐いてくれたし、クロードさんの存在が近くに感じられた――って思ったんだけど」

「ウルジス王に撫でられていたしね」

「あれはびっくりしたね。されるがままだったし……だけどその後のクロードさんは、やっぱりまた遠く感じた」

「それは……あれっすよね。今までの遠さとは少し違うっすよね?」


 ミューズもまた感じていた。

 あの瞬間、クロードの何かが変わったことを。


「きっとあれが……本当に遠くなったってことなんすよね?」

「うん。僕もそう思う。まだまだ勘違いしていたんだよね、クロードさんのことを」


 カズマは一つ頷き、そして感慨深そうにこう口にする。


「さっきウルジス王が言っていた通り、クロードさんもまだ子供なんだ」

「子供……子供っすね。だからこそ――」



「「――」」



 声が重なる。

 途端に二人は、ぷっ、と吹き出す。


「あははっ。やっぱりカズマもそう思っていたんすね」

「さっきのウルジス王の言葉の影響もあるだろうけれどね。でもクロードさんがまたしても遠く感じたのは、精神的にあのやり取りで成長したからなんだと思ったよ」


 カズマは少し照れたように頬を掻く。


「……あのクロードさんを見て、僕もそうならなくてはいけないと思ったよ」

「あたしもっす」


 悩んだ。

 弱みを見せた。

 後悔を吐いた。

 だけど大人の言葉を受け入れ、前に進んだ。

 ――成長した。


 だからなのだろう。


「……ねえ、ミューズ」「……ねえ、カズマ」


 二人の声がまた重なる。その二度目の偶然に苦笑いを浮かべつつも、二人は思う所を口にする。


「僕、ミューズにお願いがあるんだけど……」

「多分、その願いはあたしの考えていることとリンクしているっすよ」

「あ、やっぱりそうなの?」

「はいっす。あたしは……今まで避けていたとあることに、手を付けようと思うっす」


 先のやり取り、ならびにクロードの成長を目の当たりにして、ミューズの中にも逐次たる思いが渦巻いていた。

 自分も成長したい、と。

 その為には形振り構っていられない――というよりも、妙なプライドにこだわっていられない、と言った方が正しいだろう。

 但し、それには他人の協力が必要だ。


「あたしもカズマにお願いがあるっす」

「それは何? ……って聞く必要はないね。分かっているし、覚悟はできているよ。でもクロードさんの頼みごとをしながらでは辛くないかい?」

「あっちの方はそんなに労力は割かないっすよ。……っていうかその言葉で確信したっす。きちんとイメージ共有出来ているっすね。――でも、敢えてきちんと言わせてくださいッす」


 ミューズは一つ頷き、右拳を彼の前に差し出しながら自分の気持ちを伝える。


「あたしは――セイレンを超えたいっす」


 セイレン。

 ルード国科学局局長。

 ジャスティスの生みの親であり、ミューズの生みの親でもある存在。


「色んな意味であの人に負けたっす。ソフト面でも、そしてサポート面でも。だからあたしは、きちんと明確にあの人を超えたいと思ったっす。……いや、超えるっす!」


「……そっか」


 カズマは優しく微笑んだ。

 彼女の母親が敵国の元凶だということは、今の所はカズマしか知らない出来事だ。

 だけど彼は受け入れてくれた。

 ミューズを、それでも仲間として見てくれていた。

 それが何よりも嬉しくて。

 何よりも愛おしくなった。


「だったら僕も同じように言おうか」


 そんな彼は、ミューズの差し出した手に右拳を重ねる。


「僕は――あの獣型のジャスティスを破壊したい」


 カズマのその言葉。

 淡々としているようで。

 しかし――切実に聞こえた。


「僕はあの獣型ジャスティスに完全に敗北した。機体性能もそうだけど、精神的なのも含めて敗北した。だから――もう


「……そうっすか」


 今度はミューズが微笑み返す場面であった。

 彼と同じように。

 そんな返しで彼が、自分が受けた想いと同じものを感じてくれればいいなと思いながら。


「――さて、と」


 ミューズは一つ大きく頷いて、カズマの目を見る。


「じゃあクロードからの依頼事項に取り掛かるのと同時に、あっちも取り掛かってくるっす」

「うん、お願い」

「了解っす。必ずやカズマの要望にも応えるっすよ。だから――」


 と少し口角を上げ、ミューズは少し熱を込めた視線をカズマに向ける。


「あたしの要望にも応えてくれっす」


「……分かっている。ああ、分かっているさ。心得ているよ」

「ならいいっす。――では行ってきますっす!」


 にししと笑った後に敬礼を行い、ミューズは彼の部屋を後にした。



 別れ際にふと見た彼の眼。

 そして自分の眼。

 それはきっと、同じ眼をしていたのだろう。

 そう――



 成長して見せる――という決意の込められた、強い眼であったのだと。

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