第276話 後悔 10

 一瞬の出来事で何も反応できなかった。

 あのクロードが頭を撫でられる。

 そんな姿を想像することが出来なかった。


 ――しかし皮肉にも。

 その構図は、正にウルジス王が口にした――『』であった。


「大人を……頼る……?」

「ああ、そうだ。君達は若すぎる。私から言わせてみれば子供が頭を張っている組織なんか大したことが無い、いずれ崩壊する――そう最初は侮っていたが、それも私の勘違いだったようだ」


 クロードの頭を撫で続けながら、ウルジス王は続ける。


「認めよう。最初は侮っていた。未成年の少年が立ち上げた組織なんて大したことが無い、と。だけど君達は私の想像を遥かに超えていた。能力はともかく、あの時は能力を使っていなかった、って聞いて、ああもう単純に負けた、って思った」


 そう語るウルジス王は悔しそうな口調ながらも、どこか表情は穏やかであった。


「ただ、やはりどこか危うい所はあるのも感じていた。こんな事態になる可能性も考えてはいた。後先考えていないのは事実だったからな」

「……」

「だからこそ、きちんと支えてやろうとも思ったんだよ。君がやったことの後始末はこちらで行う」


 くしゃくしゃ、と。

 少々頭を強めに撫でた後、ウルジス王は手をクロードから離す。


「ま、このまま実務をやってもらって、その後の権益とかそういうのはこっちに任せておけ」


「……台無しじゃないっすか」


 そう言葉を零したのは、ミューズだった。きっと彼女も思わず、といった様子であろう。そう呟いた直後「……やってしまった」というように苦笑いをしていた。

 それに対して、ウルジス王はまるで悪戯がバレた少年のように口角を上げつつ、ウインクを返す。


「いやいや、だってそういう意図も含めて、私は君の下についたんだぞ?」

「嘘っすね。あの場にいたあたしには、ウルジス王が打ちのめされてあたし達の下についたように見えたっすよ」

「そう見えたんなら成功だな。私の政治手腕の素晴らしさを実感しただろう。どうだ? 凄いだろ?」


「……確かにそうだな」


 と。

 ウルジス王とミューズの軽い掛け合いに、クロードが声を挟んだ。

 その言葉は重く。

 しかし先程とは違って、しっかりとしていた。


「ウルジス王、あなたは素晴らしい。その言葉で大分迷いが吹っ切れた」


 その言葉通り。

 クロードの表情は暗いモノではなく、いつものような表情に変化させていた。


 そして彼は――しっかりと立っていた。


 ベッドで嘆きの言葉を吐いていた彼はおらず、先程のように弱々しい様子でもなく、どこにも手を付かず真っ直ぐに自分の二本の足で立っていた。


「俺は色々と目的を失っていた。最初から最後まで自分の目的は『ジャスティスの破壊』だけだった。ワガママなのは最初からだ。今更知った所で変わりはしない。そのワガママをずっと突き通していくべきだし、それは変わっていないことだ。だけど――みんなそのワガママに、一点の目標に対して付いてきてくれたんだってことを、ウルジス王の言葉で改めて認識した」


 ライトウ、と彼はこちらに視線を向ける。


「君が言う通りだ、ライトウ。俺は過去に目を向ける余裕なんて無かったんだ。後悔してどうにかなるものではないことを知っていたんだ。なのに今すら目を逸らすなんて間違っていた。だが――俺は謝らないぞ」

「……ああ。それでいい。たられば話で謝罪する必要など何もない」


「それより前を向いて――そういうことでいいよな?」


「……あ、ああ」

「どうした? 歯切れが悪いぞ?」

「いや……何でもない。すまない、続けてくれ」


 ――実は少し、引っ掛かった。

 ライトウの中で、何かが引っ掛かった。

 だけど、それが何かは今は分からなかった。

 説明できなかった。


「そうか……さて、話を切り替えようか。――ウルジス王」


 そんなもやもやとした気持ちを抱えているライトウを横に、クロードは今度はウルジス王に声を掛ける。


「ここまで来たのはただのお見舞いだけではないだろう?」

「いや、ただのお見舞いだよ。それ以外に何もない」

「ウルジス国内の情勢の悪化も要因の一つだろう? ――


 クロードは人差し指で自分の頭を差す。


「そして世界情勢も理解した。成程、やっぱり『正義の破壊者』はルード国に敗北した、という認識になっているんだな。それで赤い液体の効果で多くの人が裏切りを試みて死んだ――と」

「……知っていたのか?」


 そう言い切って、


「だったら俺に考えがある。――と言っても、言うことはただ一つだけなんだけれどな」


 全員の顔を見回し、クロードは堂々とした様でこう言い放つ。



「俺は――ジャスティスを破壊する」



 その言葉に、ライトウは心が震えた。

 クロードが心に目的を取り戻した瞬間。

 きっと誰もがそう実感したであろう。

 そうだ。

 彼の目的はいつだって一つだ。

 ジャスティスを破壊する。

 これ一点のみなのだ。

 利益を得る?

 組織『正義の破壊者』を大きくする?

 そんなのは最初から違う。


 彼はいつだって真っ直ぐで。

 その純粋さは――幼き子供のようであったのだ。


 一つの目的に真っ直ぐに進んでいく。

 それが組織ではなく――『正義の破壊者Justice Breaker』としてのクロードなのだ。

 そんな彼が下を向かず、前を向いた。

 ならばいつものようにライトウ達はクロードと共に進むだけだ。

 少なからず先の言葉で高揚した気分で、ライトウは口を開こうとした。

 クロードの考えとは何だ? と。

 

 だが、それを実行に移す前に――


「その為に、みんなにやってもらいたいことがある。だからこれは謝罪の意味ではない。それだけは確かだ」


 彼がとった行動。

 それは、先のウルジス王の言葉を受けたのにも関わらずに行った。

 故に、誰もが彼の行動と共に口にされた言葉の真摯さを受け止めた。



「頼む。俺に言うことに従ってくれ。――全てを終わらせるために」



 彼はこちらに向かって、頭を下げた。

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