第275話 後悔 09

(――何が起こっている!?)


 ライトウは混乱していた。

 現在の状況はあまりにも衝撃的であった。

 クロードはベッドから立ち上がっている。既にそこまで回復したのか――という驚きもあっただろうが、今はそんなことに思考を割いている余裕はなかった。

 立ち上がって謝罪しようとしたクロードの頭が、中途半端な位置で留まっている。


 ――ウルジス王に掴まれて。


「今、何をしようとした?」


 驚くほど静かな声でそう訊ねる。

 だが、その場にいた誰もが理解していた。

 理解出来る程に明らかであった。


 ウルジス王は――


 静かなる態度と言葉に含まれた、確かな怒り。

 何故怒っているのか、ライトウには理解出来なかった。

 恐らくクロードもそうだろう。

 掴まれている頭なんか即座に上げることも払うことも出来るのにしていないということは、ウルジス王が突然取った行動、言動に理解が出来ずに混乱しているという様相がひしひしと伝わってくる。

 どうしてこんなことをしたのか?

 問うまでもなく、ウルジス王は答えを言葉を紡ぐ。


「ここに今いるのは『正義の破壊者』のトップと、その配下に付いた一国の王だ。そんなトップが配下に頭を下げるって行為を今、君はしているんだ。その意味を分かっているのか?」

「……分かっている」


 唸る様にクロードは言う。


「俺の浅はかな考えで……子供じみた何も考えていない行動のせいで迷惑を掛けた。だからウルジス王には謝罪を」

「ほら、分かっていない」


 ウルジス王は手を離さず、深く長い溜め息を吐く。


「君が頭を下げるということをすれば、それは私をも貶めることになるんだぞ。あの時――

「……っ」


 クロードの身体がピクリと反応する。

 ライトウはウルジス国での交渉について詳細は知らないが、端的に聞いたところと今のウルジス王の証言から、何が言いたいのかは分かった。

 ウルジス王が頭を下げた。

 それは決して生半可な気持ちで下げたわけではない。

 対してクロード。

 生半可な気持ちではないのは分かる。

 だが――


「その程度で下げる頭なんか、リーダーは持ち合わせていない。もう一度だけ言うが、この程度で頭を下げることは、そんな君に頭を下げた私に対しての屈辱に繋がるということを覚えておけ」

「……」


 クロードは未だに口を噤んだまま、何の反応も示さない。

 それに業を煮やしたのか、ウルジス王はクロードを押さえつけているのとは逆の手で自分の髪をくしゃくしゃと掻き毟る。


「……ああ、もう、だったらここまで言ってやるか! いいか、よく聞け」


 ――その声。

 それは先程までの穏やかながら怒りを孕んでいた声ではなかった。

 しかも真逆――荒さの中にも、どこか悔恨がにじみ出た声であった。


「私は君に屈したんだよ。あの時、あの交渉で。子供であった君に。むしろ――君が子供であったが故に読み違えたんだよ、私は。これがどういう意味か分かるか?」

「意味……」

「じれったいから言うぞ。――その当時の君の頭の中には徹頭徹尾『


 ジャスティスの破壊。

 それはクロードの目的であり、そして組織『正義の破壊者』の目標でもある。


「そのことについて君は先程、『自分のワガママ』……言い換えれば『弱み』だと認識しているように思えたが、違うか?」

「……違わない」

「だったら否定してやろう。それが――君の『強さ』だ」


 強さ。

 ウルジス王はそう断言した。


「君はそのことしか考えていない。利益? 国の関係性? そんなのを全く考えていない。故にブレていない。ブレがない。明確に目標を立てて、それに向かって一直線に進んでいる。――それってやろうと思っても出来ないことだ」

「……」

「考えなしで行動する、ってのが君にとって『子供』ならば、その子供のままでいるべきだ。それが君の強さであり、絶対に曲げてはいけないことだ。勿論、違うことは違うというべきだが、私は君が間違っているとは思わない。君自身が目的から外れてジャスティス関係以外で被害を及ぼすのであれば、あの赤い液体の効果で私はこの場にはいないだろうな」


 クロードに反発を覚え、裏切る。

 少なくともウルジス王がそれを行っていないのは、この場に存命していることからも分かる。


「だから君は、このまま何も考えなしでジャスティスの破壊を行う――『正義の破壊者Justice Breaker』であるべきだ。そのまま突き進んでいくべきだ。その後で生じることについては何も考えなくていい。そのまま子供のままで――ワガママなままで進んでいい。今だけは前を向いて行動しろ」

「……でも」

「それに、だ――」


 何かを言おうとしたクロードの次の句を、



「――子供がやったことの尻拭いは大人がするもんだ。もっと大人を頼りなよ、少年」



 ウルジス王は掴んでいた手を彼の頭に移動させること――撫でることによって塞いでいた。

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