第274話 後悔 08

「まったく……迎えも何もないとは、来賓に対する対応がぞんざいではないのか? ――なんて、まあ誰にもアポイントメントを取っていないから当然だがな」

「ウルジス王……何故ここに?」


 クロードの問いに、ウルジス王は、ふんと鼻を鳴らす。


「なあに、少しお見舞いに来ようと思っただけだ。ほら、お見舞いの品だ。みんなで分けて食べなさい」

「あ、ありがとうございますっす……ってそうじゃないっすよ!」


 と、近くにいたミューズはウルジス王から包装紙に包まれた箱を受け取った後に、そのようにツッコミを入れていた。


「この場所は誰にもばらしていないっすよ!? っていうかネット上にも上がっていないしウルジス王にも連絡していないのに、どうしてここが分かったんすか!?」

「なあに、この場所にいることをからだよ」

「教えてってこの場所にいるのは限られて……まさか!?」


 ミューズの視線が外に向けられる。

 そもそも彼がすんなりここに入れたこともおかしい。

 だが、想像通りであればそれも説明が付く。


「味方に教えるのは別に裏切り行為ではないだろう?」

「ウルジス王と知り合い……っ!? ってことはあの女医って……」

「そういえば君は知っていたね。あとはクロード殿も面識があったはずだな」


 ウルジス王は一つ頷く。


「彼女の名前はフレイ。ウルジス国でメイドをしていた、裏にも精通している人間だよ」


「まーたそうやって私の正体を勝手にバラすのね」


 と、そう言って入ってきたのは、件の女医――フレイであった。

 彼女は不満そうに口を尖らせながら王に文句を垂れる。


「一応ある意味スパイとして侵入しているんだから、あっさりとバラさないでよ。そのそっ首狙ってお給金増やしてもらうわよ?」

「まあいいじゃないか。私がここに来た時点である意味目的は達成しているのだし。うん、もう城に帰っていいぞ。じゃあな」

「最近私の扱いがぞんざいじゃない!?」


 ふーっ、とまるで怒った猫のような反応をした後、落ち着けるように深く息を吐くフレイ。


「……それに、まだ患者の治療が終わっていないわよ」

「お、一応医者の真似事はまだ続けるのか?」

「真似事じゃないわよ。医師免許は一応持っているわ。まあ、正式なもんじゃないけれどね。裏世界で生きている内に自然と医術は身に着けたから、治療の内容に関しては問題ないと思うわよ。ほら見なさいよ。みんな元気になっているじゃない」

「一人だけ、元気ではなさそうだがな」


 ちらとウルジス王が視線を向けた先は、クロード。


「ああ、彼は私には治療できないわ。残念ながら精神的な治療は何も学んでいないから」


 肩を竦めるフレイに、ウルジス王は「……そうか」と少し低い声で応答する。


「ならもう用はないな。フレイ。帰っていいぞ」

「まーたそうやって追い出そうとする。……はいはい。ウルジス国に帰りますよー」


 やれやれと首を振りながら、彼女は背を向けた。

 と。


「あ、そうそう。ライトウ少年はきちんと私の言いつけを守りなさいね。傷口開くわよ。んじゃあね」


 そう一度振り向いた後、片手を振りながら退出して行った。


 風のような人だったな――とライトウは思った。

 いるときは非常に印象に残ったのに、飄々とした態度であっという間にいなくなってしまった。強烈な印象だったのに、今思うと顔すら思い出せなくなっている。きっとそれが裏の世界で生きてきた者の、ある種のスキルなのだろう。


「……何なんだ、あの人は?」

「相当頭のいい人だと思うよ、ライトウ」


 カズマは顎に手を当ててそう褒め言葉を口にすると、ウルジス王に向かって問い掛ける。


「ウルジス王、こんな所に来て大丈夫なのですか?」

「ん? 大丈夫とは?」

「あの方を強制的に返したということは、ウルジス国の内部では今、まずいことになっているのではないでしょうか?」

「……うむ。聡いな、君は」


 ウルジス王は苦笑いを浮かべる。


「でも、だからこそここに来ているとは考えないのかね?」

「そうとは思いませんでしたね。投げ出すような真似はしないと思っていますのね」

「高く評価されているな……というより、君は以前とは違う印象だな」

「ええ、気が付いたことがありましたので」


 カズマがウルジス王に微笑む。

 ライトウも今のカズマからはコズエを失う前に戻ったような印象は受けていたが、傍から見ても同じような変わった印象は持たれていたのだろう。

 というのは分かっていた。

 だが、


「何を言っているんだ? 全く分からないぞ」


 ライトウには二人の会話の内容が理解出来なかった。

 なので説明を求めるようにそう口にすると、カズマが問いに回答してくれる。


「ウルジス国は『正義の破壊者』の下に付いている、かつ、あの赤い液体を全国民が飲んでいるんだよ。それで先のアドアニアの戦いで敗走をしたことで、一番、被害が生まれた国でもあるんだよ」

「それは……『正義の破壊者』を裏切ろうとした、ってことか?」

「まあずっと勝っていたから付いてきていた所もあるだろうからね。でも裏切ったら死んでしまう。――となると、ウルジス国民の『正義の破壊者』以外の矛先ってどこに向くと思う?」

「それは……」


「……ウルジス王」


 その言葉を発したのはライトウではなかった。

 ひどく後悔が乗った言葉。

 それは――クロードの口から発せられていた。


「民衆の怒りは『正義の破壊者』に所属することを決め、赤い液体を飲ませるように主導した政府に向かう。そしてその長であるウルジス王に非難が集中するだろう」

「ん、まあ、その通りだな」


 ウルジス王はひどくあっさりと肯定する。

 あっさりとし過ぎて全く困っていないように思えるが、実際はひどく辛い目に遭ったのだろう。ここに来るのだって大変だったのだろう。

 きっとそれはクロードも理解していたようで。


「……これも、俺のワガママのせい、なんだな……」


 彼は暗い声でそう呟く。

 ひどく自分を責めた内容だ。きっと自分がジャスティスに反逆しなければこうならなかった――という先の内容に付随しているのだろう。


「あれは……敗走だとは思っていなかった。撤退……ただの撤退だと思っていた。これも、また攻め直せばいいと思っていた。一時退却程度に思っていた。だけど……世間は俺達が負けた、という形になっているんだな……?」

「……」


 誰も答えられない。

 事実なのだ。

 世間ではクロードが当初に思っていた一時撤退などのポジティブな見方をしている人間は誰もいない。


「これも俺の考えが浅かった、ってことだな。自分勝手で他のことを考えられていない、子供だってことだな」


 くしゃり、と右手で前髪を握り、大きく息を吐くクロード。

 溜め息。

 だけどそれは他人に向かって起こされた行動ではなく、自分に対しての失望、嫌気がさしているからの行動であろう。

 彼は知った。

 自分の愚かさを。

 他の側面からも。


 だからだろう。

 彼はもう一度大きく息を吐くと、


「ウルジス王」


 意を決したような声を発しながら、すっとベッドから立ち上がった。

 そしてそのまま頭を――


「この度の失態、本当に申し――」



「――?」



 その時に生じた彼らの動きに対し、ライトウは思わず身動き取れなかった。

 あっという間の出来事だった。

 目の前で起きたことに対して、理解するのに時間が掛かった。


 クロードはウルジス王に対して、謝罪の言葉を口にしようとした。

 実際に口から出かけている最中だった。


 ――しかし。

 その言葉を途中でウルジス王は止めた。



 

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