第270話 後悔 04

 彼らは女医に促された通りに三人で部屋に入る。そこはまだクロードが寝ている部屋そのものではなくただの待合室みたいな場所であり、更にもう一つ扉を開けた所が該当の場所になる。そのような複雑な構造だったが故に、ライトウは自分が瞑想していた場所がクロードと壁を挟んだ部屋になっていることに気が付かなかったのだ。


「クロード、入るぞ」


 代表としてライトウがひと声かけ、扉に手を掛ける。

 中から返答は聞こえない。


「……」


 三人は一瞬だけ目を合わせると、うんと頷く。


「……失礼する」


 扉が開かれる。

 直後、その先にいたクロードの様相を見て、三人は少なからず動揺を覚えた。

 クロードはベッドに座り込んでいた。

 肩は下がっており、中途半端に開いた足の間に手をぶらぶらとさせていた。

 具合は悪そうではない。

 だが顔色はひどく悪そうに見えた。

 そのこともであったが、何より彼らが動揺を覚えたのは他のことであった。

 彼らが扉を開け、姿を視認した――クロードと眼が合ったのと同時。


 クロードは三人から――目線を逸らした。


 明らかに下に視線を向け、ライトウ達に目を背けていた。

 今まで堂々たる様で『正義の破壊者』を率いていた彼の姿からは想像も出来ない、憔悴しきった表情であった。

 故に、ライトウ達も固まってしまったのだ。

 戸惑ってしまったのだ。

 意識が回復したことへの喜びはあったのだが、それよりも目の前の彼の様子にそれを表に出すことが出来ていなかった。


「……」


 沈黙が生まれる。

 ほんの数秒だったのであろう。

 それでも辛かった。

 胃が締め付けられる思いであった。


(……そうだよな)


 その数刻で、ライトウは気が付いた。


 クロード。

 魔王と呼ばれた少年。

 今まで、ずっと勝ち街道を突っ走ってきた。そこに敗北などは一切なかった。

 しかし、今回は完全なる敗北だ。

 勝てるはずだった。

 負けるわけがない。

 それはクロードだけではなく、他の『正義の破壊者』に所属する面々も同じであろう。

 その根拠のない自信が崩れた。

 崩壊した。

 この敗北。

 多くの人が動揺した。

 大人だってそうなのだ。

 その中心人物で――責任を感じる立場で――何より、まだ二〇年も生きていない少年が、どうして動揺していないと言えるのだろうか。

 そんな当たり前のことを、自分達は気が付いていなかった。

 だから今更ながらではあるのだが、フォローしようとライトウが口を開いた――その瞬間だった。


「――ごめん」


 その言葉が出てきたのは、クロードの口からであった。

 謝罪の言葉。

 同時に、彼の頭頂部がこちらに向く。

 つまり――頭も下げていた。


「えっ……」


 横にいるカズマとミューズが声を上げる。きっとミューズはクロードが頭を下げたという行為に事態に驚いた声で、カズマはそれ以上に、その事実に対してショックを受けたが故の声なのだろう。カズマはクロードを崇拝している節があったから、そんな彼から頭を下げられたことは衝撃的に感じたのだろう。

 だが、ライトウはそうは思わなかった。


(――いや、きっとクロードの辛さにさっき気が付かなかったら、二人と同じ反応をしていただろうな)


 クロードは責任を感じている。一週間の間意識が無かったのだから、彼にとっては今は敗戦直後ということになる。

 一番上に立っている者として、また前線に立っていた者として責任を感じるのは至極当たり前である。むしろ自分達が責任を感じていなさすぎる、とも思えてきた。

 そんな後ろめたさもあり、ライトウは首を横に振って、頭を下げている彼に言葉を掛ける。


「いや、こちらこそすまない、クロード。不甲斐無い結果になってしまった」

「……不甲斐無い結果?」

「えっ……」


 今度はライトウだけが思わず声を上げてしまった。

 顔を上げたクロードが不思議そうな――「こいつは何を言っているんだ?」と訴えかけてくる表情だったからだ。


「いや、アドアニア国での戦いの敗退のことを謝ったんじゃないか? それ以外に君が謝ることなんて何もないはずだ」

「……確かに、アドアニアのこともそうだな。俺がいながら敗退させてしまったことには責任を感じる……べき、なんだろうな。すまないがそちらに対しては謝罪するほどの思考はまだ行っていない」

「だったら何が――」

「……あるんだ。君達だけに謝らなくてはいけないことが」


 絞り出すような辛そうな声。

 彼は眉間に皺を寄せながら、それでもまだ視線は少し下に向けられている。


「ライトウ、ミューズ、カズマ――それにアレイン、コズエ」


 彼は告げる。

 幹部の名を。

 幹部だった者の名を。

 ――あの孤児院にいた、全員の名を。



「みんなの家族を奪ったのは――俺のせいなんだ」

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