第269話 後悔 03
◆
「……そういうことだったのか」
クロードが苦悩で悶えている、その隣の部屋。
その部屋で、ライトウはゆっくりと目を開いた。
先までの過去回想の際には不思議と開ける気がしなかったのだが、記憶の中の幼い自分の意識が薄くなってきた――後からよく考えてみると不思議な感覚ではあったが――ところで、自然と目が開いていた。感覚的には夢を見ていたかのようでもあり、それよりも明晰であることからタイムスリップして過去を見て来たかのようだった。
とにかく、不思議な体験ではあったが、不思議とそれが偽りであるとは思えなかった。
自分の手元に、どうして刀があるのか?
その刀を、どうしてずっと所持することが出来たのか?
更には、アレインや自分がその特異な能力を、何故あまり公にしなかったのか?
特にアレインは走力なのだから学校の科目として体育がある以上、絶対に本気を出せば目立つはずなのに。
(……そういえば、俺がアレインに言いつけたんだっけ)
連鎖して行くようにどんどん記憶が引き出される。――いや、ここまで記憶がよみがえってくるってことは、関係したことは曖昧にさせられていた、と考えた方が正しいと思う。刀を握った理由まで忘れていたのだ。
どういう理屈かは分からないが、こうして思い出せているのは、あの時にクロードに貰った『努力すればするほど刀に見合う男になる』ということが適用されて、頭脳面でも努力することで成長し、クロードの母親がいじった記憶を取り戻している、ということであればしっくりきている。あの時は『見合う身体』と言ったが、実際に脳も身体の一部であることはあるのだろうか、このように適用されたのだろう。あれ程にも曖昧な依頼なのだから、これだけぶれることは仕方がない。というよりも、きちんと努力して刀に見合うようになっていること自体が物凄いことであると今では思う。
(……幼い自分、何ていうことをしたんだ)
ライトウの口元は緩んでいた。それは自嘲気味な笑みであり、呆れを多分に含んでいた。
笑い飛ばし、思考を戻す。
アレインに能力を見せびらかさないようにする。
それはクロードの母親との約束であり、そのこと自体を忘れてはいたが心に刻まれていたようできちんとライトウは守っていた。
完全に無意識ではあったのだが。
「段々と思い出してきたぞ。確か……」
アレインに対して見せびらかさないように言いつけた、とまでは先刻の時点で分かっていた。
だがその内容までハッキリと思い出していた。
ライトウが目を瞑ると、再び過去のライトウが、これまた幼いアレインに対してこのように言っている様子が浮かんできていた。
『アレイン、君のその能力を見せつければきっと世界中で注目されるだろう。だけどそうなるとここからきっと離れて行ってしまう。それは嫌だ。アレイン、だからその能力を隠してもらえないか? 俺は――君とずっと一緒に居たいんだ』
「……幼い自分、何ていうことをしたんだ」
ライトウは額を抑え、う、とうめき声を上げる。
恥ずかしさが尋常ではなかった。
ある意味プロポーズみたいなものじゃないか。だがそれを口にした時のライトウはまだアレインに対して恋心を自覚していなかったのは確かだ。それはアレインも変に捉えていないはずで『あ、そうだね。私も一緒にいたいからここだけの秘密にしておくね』とあっけらかんと返していたモノだ。当時は分からなったが、自分達のすぐ近くでカズマが頭を抱えていた意味がようやく分かった。
と、そんな鮮明な記憶まで思い出した所で、
「――マジッすか!?」
廊下の方から聞き覚えのある大声が響いてきた。
何事か――と立ち上がり、扉を開ける。
「あ、ライトウ、そこにいたんすね」
途端に声を掛けてきたのはミューズだった。その隣にはカズマと、白衣を着こんだ女医もいた。
その三人の表情が複雑なのを見て、嫌な予感がしつつも訊ねる。
「どうした? 何があった?」
「えっと、それがっすね……」
「魔王が目覚めたのよ」
と、そこで口を挟んできたのは、女医だった。
ポケットに手を突っ込んだまま淡々と事実を述べている様子に、何の感情も浮かんでいなかった。クロードが目覚めたことに対して不満を感じているのか、と一瞬思ったのだが、ここで治療を任せられるにあたって彼女はきちんと赤い液体を飲んだ『正義の破壊者』の一員となっている為、そのようなクロードに対しての悪感情を見せる訳がない、と思い至る。
となると、どうしてそんな態度なのかが分からない。
――だが、そんなことはどうでもいい。
「良かった……クロードもきちんと生きていて……」
ライトウは心底ほっとした。
とりあえず、ずっと意識を失っていた彼が目を覚ましたのだ。ずっと目覚めないことから、意識が戻らないまま命を落としてしまう覚悟さえしていた。それ程までに彼の容体はボロボロであったと聞いていた。
しかし。
「……あれが『きちんと生きている』と言えるのかしらね」
「……どういうことだ?」
ライトウが低い声で女医に問うと「……そこの金髪のお嬢ちゃんにも同じことを言ったし、同じことを聞かれたわね」と女医は苦笑いをする。
「とりあえず、身体は問題ないのは確認しているわ。だから存分に話してもらっても構わないわ。私が許可する」
女医は、ふう、と短く息を吐いて、顎先で部屋への扉を示す。
「自分の目で確かめなさいな。魔王の今の姿を、ね」
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