第263話 過去 11
「……家族を守るため?」
目の間の女性は目を丸くしてオウム返しをする。きっと彼女にも予想外の返答だったのであろう。もしくは幼い少年から出てくる言葉とは思えなかった、という驚きなのだろうか。
そんな彼女を前に、ライトウ少年は言葉を紡ぐ。
「俺が『剣豪』になりたいのは、強くなりたい、って思ったからなんです。それはここにいるみんなを守るためです」
守る。
かっこいいというきっかけはあったかもしれないが、根本的にはそれが理由だ。
「ここにいるみんなは俺以外親がいないんです。だから……俺はみんなよりも強くならなくちゃだめなんだ! その為には力が必要で……だから……っ!」
いつの間にか敬語も忘れ、感情だけで口に出している。相手を説得する為に考えられた言葉ではない。
「だから……その……みんなを守るために場合によってはこの刀で……人を……」
どんどんと声が消え入りそうになっていく。自分で言っている内容は相手が首を縦に振る要素がないことを理解しつつあるのだろう。
だが。
「それは、お友達同士での争いでも使うの?」
彼女は表情を変えずに、真っ直ぐな目で訊ねてきた。
その言葉には、決して頭から否定しているようなものは含まれていなかった。
「違う! ……いや。違います。もっと大きな――みんなの命が危ない時とか、どうしても戦わないといけない時だけです」
「……うん。みんなの命が危ない時、ね」
彼女は顎に手を当てて、数秒、また考え込む仕草を見せた後、
「ねえ、刀は、みんなの命が危ない時以外は人を傷つけることに使わないって約束できる?」
「はい!」
「でも見せびらかしたら、斬ってみろ、って言われるかもしれないよ?」
「だったら……見せびらかしません!」
「人に見せない? 本当?」
「本当……です。はい」
ここはやはり見せびらかしたい欲求があったのだろう。少し返答に間があった。
それを悟ったのだろう、クロードの母親は少し短く息を吐いて、
「でも、それを言い触らしたりする人じゃなかったら、見せたいよね?」
「っ、はい! あ……」
「うんうん。素直でよろしい」
彼女はその黒髪を耳に掛けながらウインクをする。
「もしここにいる子達だけ、っていうのならば、その刀をいつも持っていても違和感無いように――君が刀を持っていることを知っている人以外には見えない様にしてあげるけど、どうする?」
「ここにいる子……」
アレイン。
ミューズ。
カズマ。
コズエ。
恐らくクロードは入っていないだろう。
「あともう一つだけ」
彼女は人差し指を立てる。
「この子達も同じようにクロードから与えられたことを見せびらかさない。それが条件よ。君が代表して誓ってもらうのと同時に、みんなに守ってもらわなくちゃいけない。君に出来る?」
「出来ます! ……いや、やってみせます!」
ライトウ少年は即答した。
何も考えていない――というわけではない。
推定でしかないが、きっと彼はこの言葉に反応したのだろう。
守る。
約束も守るのも出来ない様で、外敵から守ることなんか出来るはずがない。
そう思ったのだろう。
(――俺なら必ずそう思うはずだ)
「……そう。分かったわ」
ライトウ少年の返答に対し、彼女は一つ頷き、目線を合わせるために下げていた腰を上げ、大きく息を吸い、そして――
「――ふははははは! この魔女のおばさんが貴様達に呪われし能力を与えた! だから隠して健康でつつましく生きるがいいさ!」
そう大声を張り上げているその顔は、内容とは裏腹に相も変わらず薄い表情。
先から困惑などに歪んではいたが、ある特定の表情を浮かべるべきであろう場面では、ずっと同じような表情だった。
だけど、この時だけは。
その顔は何故か――笑っているように見えた。
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