第262話 過去 10

「あ、あの、えっと、な、何をやっているのかな?」

「刀を調べたらこれも本に書いてあった……いや、ありました。相手にお願いをする時に必要なモノだ、って」

「確かに東洋では最上級の依頼方法、というか反則事項ではあるのだけど……ああ、もうっ。何よこの絵は? 完全に私が訴えられる図じゃない……」


 クロードの母親はあたふたと慌てふためく。確かに今の構図はいい大人の女性が子供に土下座させているという異様としか言い得ないモノであり、傍から見れば完全にクロードの母親は悪役にしか見えなかった。

 そんな様相を理解してか知らずか、ライトウ少年は再び頭を地面にこすり付ける。


「お願いです! クロード君から貰ったばっかりなのに何を言っているんだ、って思うかもしれませんが、それでも、もうこの刀を手放したくないんです! お願いします!」

「ちょ、ちょっと顔を上げてよ。ね? ね?」

「嫌です! 奪わないと言ってくれない限りやり続けます!」

「謝っているようで脅しを掛ける方法をこの年でもう身に着けているっ……? 分かった。分かったわ。刀は奪わないわ。――ほら言ったわ。だから顔を上げて」

「今のは本心ではないです! 本心からではないから信じられません!」

「表面上の誤魔化しも通用しないっ? ……って流石にそれは私が悪い、か」


 すーっ、はーっ、と大きく深呼吸する音。

 それが数刻続いた後に、


「――顔を上げて」


 優しい声。

 先程までの焦っていた声とは一風変わった穏やかな声音に導かれるように、ライトウ少年の視線が上がる。

 すると目の前の女性は、こちらと同じ高さになるように屈み込んで視線を合わせてきた。

 吸いこまれそうな瞳。何より物凄い美人なのだ。幼心ながらも胸の鼓動が高鳴ってしまっているのは、感覚を共有していなくても分かる。

 だがそれでも、彼は絶対に刀を離さないように胸に抱えていた。

 例え彼女が無理矢理命令を聞かせようとしても、絶対に離さなかったであろう程に、強く。

 そんなライトウ少年に、彼女は穏やかな声のまま問い掛ける。


「刀は武器よ。人を傷つける道具であるのは間違いないわ。君はこの刀を手放さないということは、この刀で人を傷つけるということ?」

「そんなことはしない……とは言えないです」

「傷つけるの?」

「……場合によっては」


 正直にライトウ少年は答える。

 対して彼女も真剣に対峙する。


「じゃあ、その刀はいつ使うの? 他の人に見せつけて脅す時?」

「違います!」


 ぶんぶんと首を横に振る。


「この刀はむやみやたらと見せません! 脅しません!」

「だったら何のために必要なの?」

「何のため……」


(……大人の説得、だな)


 一つ一つ紐解いて、自分で理解させるようにしている。

 最初から「刀を持つ必要はない」という結論を述べれば、感情的に違う、というだけだ。

 先程のように。

 だから、何故必要ないのかを論理立てて誘導している。


 だけど。

 ライトウ少年はそんな誘導には結果的に乗らずに自分の答えを導き出した。

 いや、始めからあったのだろう。

 彼は迷いのない声で、こう答えた。



「仲間を――家族を守るためです」

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