第261話 過去 09
「アレイン! カズマ! ミューズ!」
声を掛ける。
だが誰からも返答はない。
唯一、
「あー」
と、カズマの背にいるコズエが反応しただけだ。カズマは前のめりで倒れていたのでコズエを押し潰すような真似はしていなかった。ただカズマも安らかな顔で傷一つ追っていないことから、そのような体制にいるのももしかするとこの状況を引き起こした人物の図らないなのかもしれない。
そしてライトウには、それが誰の仕業なのか、一瞬で分かった。
「――ねえ? 君はどうして眠らないの?」
感覚を共有していないはずなのに、ゾッと背筋が凍る感覚を覚えた。
それ程、その声が不気味に感じたのだ。
恐怖で身がすくんだのか、焦点が定まっていないまま真正面の視点のまま、背部に震え声を返していた。
「し、知らないぞ……お、俺は何にも……」
「知らない、か……だったら何かクロードが変なことをして、能力に対しての耐性、のが付与されたのかしらねえ? だとしたらもっと強引にしなくちゃいけないのかも…………ねえ、君はクロードに何を貰ったの?」
「っ!」
ライトウ少年は、ギュッと胸元に自分の腰に差さっていた刀を抱き寄せる。
無意識に相手に回答を提示させてしまったことになる。
「ああ、刀もあったのね……弱ったなあ……」
はあ、と大きく息を吐く音が聞こえる。それが艶めかしいようにも、恐ろしくも聞こえてしまった。きっと何の行動をしても恐怖が付いて纏うだろう。未知とは恐ろしい。
だが、幼いライトウが思っていることはただ一つだけだろう。
「……仕方ない、か」
そしてその思っていることを、意を決した様に一つ頷いた後にピンポイントで彼女は突いてきた。
「ねえ、君、その刀、こっちで預かっても――」
「――嫌だ!」
強い拒否の言葉。
今まで正直怯えていた彼が、唯一反抗心を見せたこと。
それは、刀を奪われることだった。
「この刀はクロード君から貰ったものだ。誰にも渡さない」
「いや、でもこれはきちんとした刀じゃなくて……」
「俺はこの刀を気に入ったんだ! 絶対に離さない!」
頭を振って怒声を上げながら、幼少期のライトウは勢いよく振り向いて、真正面からクロードの母親の方を向く。
完全に勢いだけだ。
だがその勢いは、表情が薄い彼女を前にしても止まらない。
「この刀を奪うのならば、俺はあんたと戦う。そしてみんなを守る」
「ちょ、ちょっと待って?」
クロードの母親は焦った様相を見せ始めた。
「何かおかしくない? 私が何か悪いことをしているように聞こえるのだけど……」
「実際そうじゃないか。俺の刀を奪おうとしている」
「奪おうとなんかなんかしていないわ。ただ預かろうと……」
「いいや、預かって返さないんでしょ? 知っているぞ!」
「むぅ……た、確かにそうなんだけど……でもそれは君の為であってね? 仕方なく、ね?」
「何が俺の為なんだ?」
「いい? 刀って普通は持たないモノよ。だからそんなモノを持っていたら目立って……しかもその刀がクロードから渡された、ってことが分かったら、君達の命も危ぶまれる恐れがあるんだよ?」
あたふたとした様子ながらも、諭す様に彼女は言う。
それに対し、幼きライトウは首を横に振る。
「……意味が判らない」
「あー、もう、だからね――」
「――だが、一つだけ言えることがある」
はっきり、くっきりと。
幼い少年は断言した。
「俺はクロード君に『剣豪』になりたいと言った。それを曲げる訳にはいかない。何よりも、その夢を叶えるきっかけになった刀を、奪われたくないんだ。これを奪われたらきっと俺は……『剣豪』になるという夢も諦めてしまうと思う」
「……」
「だからお願いだ。……いや、お願いです」
と。
そこでライトウは刀を脇に置き、膝を地面に付けると――
「この刀を奪わないでほしいです」
両手も、そしてついには額も地面に付けた。
つまりは――土下座をしたのだった。
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