第238話 開発 03
「きょ、局長……あの、いや、そうではなくて……その……あれは相手に罪悪感を持たせようとして……」
セイレンの姿を見るなり、唐突にアリエッタはひどく恐縮した様子で彼女に弁解を述べていた。
その様子からきっとアリエッタはセイレンに本当に救われたと思っていることは間違いない。その真偽は別として、アリエッタが目上だと思われる人間に従っているということは十二分に理解出来る。
その忠誠心を真正面から受けているセイレンは、いつものような白衣姿でアリエッタの周囲をひょこひょこと動き回る。
「あー、うんうん。分かるよー。コンテニューちゃんに見栄を張りたかったんだねー。実は未経験だっていうのにお姉さんぶりたかったのねー。分かるわー」
「なっ……」
アリエッタの表情が青ざめる。
ここは赤らめる所では、と思いつつセイレンに「未経験とはどういうことですか?」と訊ねる。
するとセイレンは、にししと意地の悪い笑みを見せ。
「あっれー? コンテニューちゃん興味あるのー? 思春期の間ずっとそういう反応を見せなかったコンテニューちゃんがアリエッタちゃんに興味持っちゃったー? あらーお赤飯たかないとー」
「僕の思春期はあなたと出会う前にとっくに過ぎていますよ。それに知っていますか?」
「ん?」
「僕ってアリエッタ元陸軍元帥のこと大っ嫌いなんですよ」
「あっはー。知っているわー。だから隠していたんじゃないー」
お腹を抱えて笑うセイレンに、コンテニューは(……やはりか)と内心で舌打ちをする。
ここまで彼女達の存在を隠していた要因は、主にアリエッタにあるだろうと、正体が分かった今ではそう思っていた。一度、反逆者として処分された彼女が再びパイロットとしてでも軍に戻ったとなると、あまり良い顔をしない人もいるだろう。ならば秘密裏に進めておくのが無難ではある。
「ジェラスのことでしょー? あたしも旧知の仲だったから思う所はあったわねー。三秒くらい」
「僕にとっては父親代わりだったので結構思い入れはありましたよ」
ジェラス。
アドアニア国に赴任していた大佐。
ジャスティスの燃料が命ということを知り、その為にアリエッタに撃たれた大佐。
コンテニューにとっては幼い頃から武術を師事していた相手でもあった。
「ジェラスは最後の最後まで損ばっかりだったわねー。命が燃料なんてどうでもいいことを隠すために殺されてねー。……あ、考えてみればそういう意味であたし関係でずっとジェラスは苦労しているわねー」
「ではあなたがいない静かな場所で、今はゆっくりとしていると思いますよ」
「あははー。流石にあたしも天国にはいけないからねー」
「でしょうね。あなたは地獄行き確定ですからね」
「んー、そういう精神的なもんは科学の敵だよー。だからどうでもいいかなー」
「……その話自体、私にとってもどうでもいいのですけれど」
と、そこでアリエッタが口を挟んできた。敬語なのはセイレンの言葉を引用したからだろう。
「それより私が……その……け、経験ないなんて何で決めつけるのですか?」
「そこまで話戻るー? っていうか何でそこを意地を張る必要があるのさー? 最近の若い子は分からんねー」
やれやれと首を横に振り、セイレンは事もなげに言う。
「パイロットであるあんたの身体の隅々まで知っているあたしにそんな嘘が通じると思っているのー?」
「……」
「因みにあんたも、もう一人も綺麗な身体だったわよー。色んな意味で」
にっしっしと笑うセイレンに対するアリエッタは口を閉ざしてしまう。きっと言い逃れが出来ない程にしっかりと身体検査をあらゆるところでされているのだろう。そこについて突っ込んでしまうとややこしいことになるのは間違いなかったので、コンテニューは笑顔を張り付けたまま成行きを見守る。
するとアリエッタが少し眉尻を下げて口を開く。
「……でも言わなくてもいいじゃないですか。先ほど言った通り、こいつに罪悪感を与えるために……」
「なあに言っているのよー」
セイレンはバッサリと否定の言葉を斬り放つ。
「コンテニューちゃんがそんなことで罪悪感を覚える訳がないじゃないー。むしろ今ぴんぴんしているアリエッタちゃんの様子を見て『もっと厳しくても良かったのか』って妙な反省をするような子よー」
「……」
見事にいい当てられているのでぐうの音も出ない。曲がりなりにも長い時間の付き合いがあるが故だろう。
忌々しい。
「まあ、そんな訳でここには処女しかいないのよー」
「え……?」
何を言っているのだこの人、という形でアリエッタがセイレンを見つめる。しかし先のやり取りの影響かツッコミが出来ていない様子だ。
仕方ない、とコンテニューは見え見えのボケに対し苦言を呈す。
「いやいや、それは有り得ないでしょう。何を言っているんですか?」
「え……まさかコンテニューちゃん……」
「尻を抑えてこちらを憐れみの目で見ないでください。貴方のことに決まっているでしょう。子供がいるって言っていたじゃないですか」
「ああ、うん。そうだねー。でもあたしは処女ながら子供を産んだのよー。清い身体よー」
「処女受胎とかどこの昔話ですか」
「そーじゃないんだけどねー。分からないかなー?」
「どうでもいいです。興味ないです」
これ以上この話を続けるのは時間の無駄だ。
無理矢理にでも話題を変えるべく、コンテニューは周囲を軽く見まわした後に訊ねる。
「そういえば、あの緑色のジャスティス――『ガーディアン』でしたっけ? 二機あるあれのもう一人のパイロットはどうしたのですか?」
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