第234話 敗退 10
優しい笑顔。
ミューズは、どうして彼がそんな表情を向けてくるのか、理解が追いつかなかった。
ミューズは告白した。
自分の母親が、ジャスティスの開発者であることを。
ならばぶつけるべきだ。
恨みを。
憎しみを。
それをされる覚悟はしていた。
耐えられる気はしなかったが。
だからこそ、予想外だった。
そんな表情を向けられること自体が。
信じられなかった。
だから問うた。
「……恨んでいないっすか?」
「誰を? ミューズを?」
「そうっす」
「恨む理由が無いよ」
カズマが首を横に振る。
「きっと君は『ジャスティスの所為で死んだコズエ。そのジャスティスを作ったのは自分の母親。身内だから自分も罰を受けるべきだ』――なんて思っていたりするかな?」
「……」
「図星のようだね。……じゃあ、その君の思っていることに対しての回答は、先に述べた通りだよ」
カズマはミューズの頭に手を乗せる。
「ミューズはミューズだよ。母親が何をしていようが誰であろうが、それでミューズを恨む理由なんかになるものか。色々背負い過ぎだよ」
「でもっ……でも、っすよ……? あたしは敵国の幹部と繋がりが――」
「血の繋がりだけ、でしょ? そんなのは裏切り行為でも、ましてや責められるようなことでもない」
だってさ、と言って彼はミューズの頬に手を当てる。
「今まで関わりなかった母親の罪を背負って泣いているような優しい君を、どうして責められようか」
「泣いて……いる……?」
カズマの手のぬくもりでようやく認識する。
ミューズは、ボロボロと涙を流していた。
止まらなくなっていた。
先程から、ずっと泣いていたのだ。
それに気が付かないほどに、頭の中が色々と混乱していたのだ。
そして混乱がまだ収まらないままに――
「ミューズ。君は僕の家族だ。そんな付き合いの短い奴に奪われたくない」
再びカズマの方に身体ごと抱き寄せられていた。
男性特有の、少し硬い胸板。
そこに顔をうずめながら、ミューズは声を絞り出す。
「……そんなこと言ったって……何にも……」
何にもならない。
そう言おうとしたのだが、
「ミューズには何にもないわけではない。たくさんの魅力がある。コンピュータ関係に強い所がすぐに挙げられるけど、それよりも明るい声音で皆を元気づけさせる所や、皆のことをよく見て、よく考えていてくれること。頭がいいのに時々バカをやって皆を敢えて和ませてくれていることも知っていて、好きな部分なんだ。一緒にいて心地いいんだよ」
カズマは予想外の先の読み方をしてきた。
誉め言葉ばかりが羅列されている。
しかもカズマが告げるその内容には、ある意図があったのが分かる。
そのことを、彼ははっきり告げてきた。
「ミューズには、こんなにもいいところがある。――あんな奴から授かった外見じゃないところでね」
外見。
親娘故に、最も顕著に表れる共通部分。
そこ以外について――カズマは褒めてくれていたのだ。
「これが僕の本心だ」
だから――とカズマは変わらず優しい声で言う。
「僕は君を恨んだり、嫌ったりなんか絶対にしないよ、ミューズ」
涙腺が緩む。
相も変わらず、言葉遣いが狙ったようなものだ。
勘違いさせるような。
だけど――
「うあ、あ、ああ……あああああああああああああっ!」
ミューズは慟哭した。
嗚咽を上げ、彼の胸に縋りついた。
今は他に人はいないとはいえ、いつ入ってくるか分からない場所。
だけど、人目も憚らずにミューズは泣き声を上げた。
一週間。
ずっと隠していた。
ずっと我慢していた。
仕事をすることで誤魔化していた。
誰とも深い会話をせずに考えないようにしていた。
だからこそ、ここで決壊してしまった。
止まらなかった。
抑えられなかった。
違うと判っていても、その言葉を真正面に捕えた。
好意的なモノだと捉えた。
だから甘えた。
ずっと、ずっと、彼の胸で泣いた。
どれくらい泣いたのかは正直判らない。
だが数分の話ではないだろう。
その間。
カズマは、ずっと傍にいた。
ずっと――ずっと、優しく抱きしめてくれていた。
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