第233話 敗退 09

    ◆ミューズ



 状況を整理しよう。

 いきなり泣いている所にカズマが入ってきて。

 カズマがコズエを殺したということに気が付いていたということを伝えてきて。

 それを隠していたことについて感謝されて。

 抱きしめられて。

 そのまま語られて。

 そして最後にこの言葉だ。


「君を――僕の生きる理由にさせてくれないか?」


(……訳が判らないんすけど!? どうみても最後のはプロポーズなんすけど!?)


 自分の頬を押さえる。

 ひどく熱い。

 見えないが、きっと見た目も真っ赤なのだろう。

 身体は理解している。

 ――変な形で理解している。

 でも、心がそれに追従しない。

 心中は混乱の極みだ。


(カズマ、やっぱりまだおかしいんじゃないっすか……?)


 落ち着け、と自分自身に言い聞かせる。

 カズマがからかっている様子ではない。至って真剣だ。

 彼は本心から言っている。

 シチュエーションからもそれは肯定できる。

 だからこそ混乱しているのだ。

 あの言葉に何か裏がある訳ではない。

 ならば言葉が――裏ではないのだ。

 プロポーズだと歪曲して――ある意味歪曲ではないが――そう捉えてはいけない。

 文字通りで捉えるのだ。


『君を――僕の生きる理由にさせてくれないか?』


 死ぬ気ではなく生きる気で戦闘をする。

 その生きる理由に、ミューズがなってほしい。


(……まあ、単純に非戦闘員として帰りを待っていてくれ、っていう意味っすよね、きっと)


 ミューズは読み取っていた。

 カズマの言葉に恋愛感情は乗っていない。

 ならば本当に単純な意味で取った方がいい。

 期待してはいけない。


「……そもそも期待なんか出来る人間じゃないんすけどね……」


 思わず口に出してしまった。

 それをカズマは聞き逃さなかった。


「え……? 期待なんか出来る人間じゃないって、どういうこと?」


 しまった。口に出すつもりなど無かったのに――と、後悔の念が押し寄せてくる。だからこれ以上何も余計なことを言わないようにと、彼女は口をつぐむ。

 だがそんな彼女に、彼はお構いなしに言葉をつむいでいく。


「ねえ、ミューズ。さっきも言ったけど、僕は君のことをきちんと知りたいと思っているんだ。だから、もし我慢しているなら話してくれないかな? 僕で助けになるかは分からないけど、でも、君が苦しんでいるのならば、その苦しみを少しでも減らす様に努力したいんだ。真正面から君に向き合って、今度こそ君を知って。それが僕の望みだよ」

「……」


(――ああ、もうこの男は!)


 正直に腹が立ってきた。

 ここまで期待させるようなことを言っておいて、実際は恋愛感情など何もないんだ。この鈍感男が。ぬか喜びさせるとかどれだけ鬼畜なのだ。

 ――そう内心で複雑な感情が渦巻く。

 だから苛立ち半分、投げ槍半分で、下を向きながら彼女はとある事実をカズマに投げた。

 自分がどうしようもない存在なのだ、という事実を。


「……ねえ、カズマ。『セイレン・ウィズ』って名前を知っているっすか?」

「セイレン……ああ。ルード国でジャスティスの生みの親、って言われている人のことか?」

「そうっす。ジャスティスを生んだのと同じように、もう一つ生んだものがあるっす」

「もう一つ?」

「それが――あたしっす」


 どんな反応をしたのだろう。

 どんな表情をしているのだろう。

 顔が上げられない。

 上げたくない。

 故にそのまま吐露していく。


「あたしは『正義の破壊者』の最大の敵であるルード国の……しかもジャスティスの生みの親の娘なんすよ。そう、本来はこちら側にいてはいけない――穢れた存在なんすよ」


 言った。

 言ってしまった。

 ずっと抱えていた真実。

 忙殺された敗戦処理によって忘却していた事実。

 でも、やはり寝る前にどうしても考えてしまって、一人枕を濡らしていた原因。

 それをとうとう告げてしまった。

 一番、大好きな人に。

 一番、嫌なことを。


 カズマの大切にしていた妹を、実質的に殺したジャスティス。

 それを開発したのが自分の母親だ。

 つまり自分は――コズエを殺した身内なのだ。


「……そうか」


 カズマの声。

 心なしか平坦に聞こえた。


「それってどこで知ったの?」

「……この前のアドアニアの戦闘で、通信越しだったけど直接、本人から言われた」

「動揺させるための嘘じゃないの?」

「……セイレンの姿だけは、ネット上で度々写真で見たことが……でも、その時は何にも感じなかったけど……でも……言われた瞬間に、あたしの記憶の中にあった母親とセイレンの姿が重なって……」


 白衣を着た母親。

 おぼろげな記憶の中にある母親の姿だ。


「きっと今まで気が付いていなかったのは、どこか無意識に否定していたんだと……思う……っす……」


 どんどん声が小さくなる。

 消え入りそうになる。

 自信が無くなる。

 自分が分からなくなる。


「……それをずっと、悩んでいたの?」

「……うん」

「さっき頭を抱えていたのも、それ?」

「……」


 コクリ、と首肯する。

 もう声も出なかった。


 これから彼に罵倒されるであろう。

 言い訳はしない。


(コズエを――カズマの妹を殺したのはあたしのようなものだ)


 そう頭の中で告げた瞬間に、目の前の光景が歪む。

 頭の中が廻っているような異様な感覚。


 気持ち悪い。

 気持ちワルイ。

 キモチ――



「――良かった」



「……え?」


 彼女は耳を疑った。

 カズマの声は確かに聞こえた。

 だが、それは罵詈雑言ではなく――


「さっきミューズに答えたことが、きちんと正しい答えで安心したよ」


 その言葉通り、彼の声には安堵が含まれていた。

 そして柔らかな声音だった。

 思わず、彼女は顔を上げた。


 その目に映った彼の表情は――



「やっぱり――ミューズはミューズだよ」



 キュッと目を細めた、優しい笑顔だった。

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