第232話 敗退 08
本当に無意識だった。
目の前にあった彼女の身体ごと、思わず自分の胸元に引き寄せてしまっていた。
「あ、あの……カズマ……? どうしたっすか……?」
「ごめん。でもこのままで話をさせて」
未だに困惑している彼女に、カズマは言葉を落とす様に真下にいる彼女へと語る。
「ずっとコズエはブラッドに既に殺されていたのだと思っていた。だけど実際は、ジャスティスのコクピットに乗っていた人物は、破壊されたらその命を奪われる――その性質を知らずにコズエごとブラッドの機体を破壊した僕が、コズエを殺していた」
「それは違うっす! 殺したのはジャスティスで……」
「そう。ジャスティスに乗った僕が殺した。あの悪魔の力で」
「そういう意味じゃないっす!」
「知っているよ。ミューズは、コズエが死んだのはジャスティスの性質であって僕が殺してしまったのは結果論だ――と言っているのは。だけど、僕の攻撃によってコズエが死んだ事実がある以上は、僕がコズエを殺したということなんだ。それは変えられない」
「でも……」
「大丈夫。……大丈夫なんだよ」
そう答える声には戸惑いが含まれていた。
「コズエを殺したのは自分だ、って分かった瞬間にはかなり絶望したよ。身がはちきれそうだった。だけど今は不思議と落ち着いているんだ」
後に自室に一人になったり、考え込むことがあったりしたら、もしかすると落ち着かなくなるかもしれない。
それでも、今は落ち着いている。
それには理由がある。
「僕がこうして平静を保てているのって、君のおかげなんだ。僕のことを本気で心配してくれて、支えてくれていた、君のおかげだよ、ミューズ」
目の前の彼女がいるから。
コズエが死んだ後も、密かに自分の心を守ってくれていた彼女がいるから。
だから狂ってなどいられない。
そもそも、狂ったのは自分の弱さだ。
自分だけで背負って勝手に潰されていた、自分の弱さだ。
――支えられていたことに気が付けなかった、自分の弱さだ。
「だからこう言わせてね。――ありがとう、ミューズ」
「……っ!」
腕の中にいる彼女が微かに動く。
このぬくもり。
生きている彼女。
自分のことを見てくれている彼女。
「僕はもう大丈夫。コズエを殺した。その事実をきちんと認識した。だけど自分の命を投げ出すような真似はしない。だから、大丈夫だよ」
カズマは誓っていた。
コズエの復讐を行う。
ずっとそれがカズマの目的だった。
コズエのことを忘れたわけではない。
大切でなかったわけではない。
妹なのだ。
たった一人の妹なのだ。
だから忘れない。
だけど、忘れないのと復讐に走らないのは別だ。
「僕は復讐心でもうジャスティスには乗らない。そんな盲目的で周囲を省みないことはしない」
復讐する相手はいない。
いるとすれば自分自身だ。
かといって自分自身だから許すわけではない。
むしろ自分自身だから、安易に自殺することで逃げることは許されない。
「今までは自分自身も破壊する、っていうことで死も辞さずにジャスティスに乗っていたんだけど、でもそれって結局――『死んでもいい』って戦っていたってことに気が付いたんだ」
やりたいことだけやって、朽ち果ててもどうでもいい。
残された者など関係ない。
「そんな身勝手に戦っているのであれば、僕はこれ以上は強くなれないと分かった。大事な所で諦めてしまうから」
実際にアドアニアでは諦めた。
自分なんて必要とされていないと決めつけて。
「だけど、これからは違う。僕は死んでもいいとは思わない。だけどそれは戦うことを放棄するわけではない。世にある全てのジャスティスを破壊する、という目的自体はきちんと達成させる。……あんな辛い目は、他の人に味あわせては駄目だ」
目的は復讐ではない。
復讐心をもう起こさせないためだ。
そう決めた。
今決めた。
「だから僕は生き残るために戦うよ。今まで以上に生にしがみついて戦う。無謀なことはしないわけではないけど、でも、死なない。その決意で戦うよ」
そこで、ふう、とカズマは息を吐く。
「……とまあ、今、思いつきで言ったこともあるから、まだ考え足りていない所はある。だけど、これが嘘偽りない、僕が考えている今と、そしてこれからのことなんだよ」
そこでカズマはミューズを抱きしめていた腕の力を抜き、そのまま一歩引く。
彼女は未だに顔を伏せたままだった。
伏せたまま、こう訊ねてきた。
「……で、何が言いたいんすか? あたしにこのことを伝えて、何を期待しているんすか?」
一見厳しい言葉だ。
つらつらと言葉を並び立てただけで理解出来ない――そう捉えられるような言葉だ。
確かに理路整然としていなければ、伝えたいことも完全には言葉にしていない。
――だけど。
ミューズはカズマの言葉に含まれている意味を理解していて、こう言ってきているはずだ。
敢えて訊ねることで、きちんと言葉にしてもらうことを望んでいるのだ。
カズマはそう理解し、そして思い切って口を開く。
「お願いがある、ミューズ。君を――僕の生きる理由にさせてくれないか?」
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