第216話 撤退 02
◆クロード
撤退命令が出る、少し前。
クロードが腹部を貫かれた直後まで遡る。
「……っ」
不思議と声が出なかった。きっと腹部に力が入らないからだろう。
痛みが頭を真っ白にする。
意識が飛びそうになる。
実際に少しだけ飛んだのだろう。
気が付いた時には目の前の景色が少し低く、自分を撃った存在は視界の中にいなかった。
コンテニュー。
分離したコクピットに乗って、こちらに銃を向けていた存在。そこから推察するに、あの先程にクロードがジャスティスを破壊する直前でした音は、コンテニューがコクピットごとまるで脱出ポッドの如く離脱した時の音だったのだろう。そこから上空に高く舞い上がって、クロードの上から銃弾を放ったのだ。五メートル以上差はあった為にクロードからは相手に攻撃を出来なかったが、その代わり相手も狙いがずれたのであろう、銃弾は腹部に直撃し、クロードの命を奪うまではいかなかった。
そう――クロードはまだ生きている。
腹部を撃たれているが、致命傷ではない。
但し、とある点で致命的ではあったが。
(思考が……痛みに奪われている……っ)
脂汗を滲ませながら、クロードは必死に現状を理解しようと努める。
目の前にコンテニューはいない。
だがまだ見える景色は高い。
――どれくらい気絶していた?
推定はおおよそ数秒。
その間も自由落下している。このままだと激突した衝撃に耐えられなくて絶命するだろう。
(――まだ間に合う)
クロードは自分の頭に手を持っていき、数本、髪の毛を抜く。
そしてその髪の毛の重量を重くし、下へと投げつける。
それを変化させて空気のクッションとし、衝撃を吸収させる。
魔王となった直後、学校で気絶したマリーを投げた時と同じ方法だ。
過去に実行出来ていることであれば、確実に出来る。
さていざ実行しよう――と下に視線を向けた時、クロードは気が付いた。
(……残っていたか)
防弾の盾。
下部からの攻撃を防ぐために空気から変化させていた盾が、クロードのすぐ下にあった。
透明にも関わらず分かった理由はただ一つ。
クロードの腹部から零れ落ちた血液で色づいていたからだった。
気絶しても、変化させていた物体はまた空気には戻っていなかったということではあるが、今はその盾が下部に投げるにあたって邪魔になってしまっている。しかしだからといって解除すればたちまち下からの攻撃に無防備になってしまう。
その為、彼は下部に手を伸ばして文字通り髪の毛一本の隙間を作り、指で押し出す様に投げた。
そして下を見ながら、タイミングを見図る。
地面まで二〇メートル。
一〇メートル。
七メートル――
(ここだ)
クロードは自分の髪の毛経由で、エアクッションを作成した。
途端に、物凄い勢いで盾と共に落下していたクロードは勢いを弱め、ついには地面にぶつかることなく地面から三メートルくらいの地点で押し留まった。
その際に衝撃など何もなく、無事に空中から地上へと戻ってきた。
途端に――銃弾の雨が降り注いできた。
左右、更には上部からもランダムで振ってくる。咄嗟に気配で上部にも空気を盾に変化させたため、全ての攻撃は弾けていることが目に見えていた。
しかし――逆に全方位を盾で覆ってしまった為、その場に押しとどめられることとなってしまった。
身動きが取れない。
ひっきりなしに銃弾が浴びさせられる。
きっとその先にいるのはあの人物だろう。
コンテニュー。
陸軍元帥。
そんな陸での将である人物が弾切れなどという事態は起こさないだろう。ここまで用意周到であればかなりのストックがあることは考えなくても分かる。
加えて、長期戦に出来ない理由も出来てしまっている。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
クロードは腹部を手で押さえ、喘ぎ声を上げる。
手で押さえている部分は撃たれた部分だ。既に空気を包帯に変化させて巻いてはいるものの、それでも痛みが収まらずにどうしても手をやってしまう。鎮痛剤に変化させて、という考えもあるかもしれないが、しかし今は鎮痛剤の成分も不明で、そこまで頭を廻せる余裕すらなかった。
今までは別のことに思考を置いていて何とか誤魔化していたが、決して軽傷ではなかった。
(……今思えば、最初の時はかなり無謀だったな……)
学校での時。
アリエッタの軍事パレードの前。
いずれも盾で消滅はさせていたものの、降下や飛翔する際には当然の如く、盾を消してから飛んでいたので、あまりにも無防備だった。特に軍事パレードの際には相手がビビッてその場にいたからというのと、一般兵がほとんど身を引いて攻撃の密度が低かったこともあって大事には至らなかったが、それでも相当危険であったことは確かだ。考えなしに――いや、復讐しか考えていなかったとはいえ、肝が冷える行動だ。
そして現状。
この場を離脱する為には盾を解除しなくてはいけない。
空を飛んで逃げるには初速が必要である。あの時は降下することでそれを稼いでいたが、今はそれすら許してくれないであろう。
故にこの銃弾の雨なのだ。
(……どうする……どうすればいい…………ぐっ……)
ごぱっ、と口から血液が零れ落ちる。
どうやら内臓を傷つけていたらしい。
思わぬ自分の怪我の様子に、思考はもう揺れに揺れている。
決して鍛えている訳ではない。
経験している訳ではない。
だが、クロードは声を上げずに歯を食いしばっている。
みっともなく足掻かかない。
――足掻かせてもらえない。
本当は泣きたい。
涙を流したい。
痛いと口にしたい。
泣き喚きたい。
そう心では思っているのに――何故かそう出来ない。
身体が拒否している。
まるで、魔王であることを求めているかのように。
だから思考をすることで揺れている心を押さえようとしている。
紛らわそうとしている。
息を段々と荒くして意識を保ちながら、それでも思考を続ける。
(……誰かの助けは見込めない……地面には他に地雷がある可能性も高いから歩き回る訳にもいかない……とすれば空に逃げるしかない……けど、初速が……何か初速を出せる状況か力があれば――)
と。
その時だった。
『―――!!』
耳がつぶれていたので聞こえない。
だが何者かの絶叫があったことは肌で感じた。
同時に――クロードの盾に強い衝撃が襲ってきた。
真上だった。
真上から勢いよく殴り掛かってきた、一体のジャスティス。
しかしてそれは通常のジャスティスではなかった。
緑色。
二足歩行。
獣型のジャスティスだった。
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