第202話 乱戦 13
裂帛。
周囲のビルが震えたかのような錯覚すらしてしまう程の怒声だった。
「お前は刀を囮に使った。戦術的には正しいだろう。だがお前は何だ? 格闘術が得意な偽りの刀剣使いなのか? そんなお前の刀など――乳飲み子程度の思いしか籠っていない一撃など――この私に通用すると思っているのか?」
一変し、淡々とした声。
しかしその声には明白な怒気が込められていた。
怒っているのだ。
キングスレイはライトウに怒りをぶつけているのだ。
確かに彼は刀での攻撃を囮に使った。
だがそれは、相手の意表を付いて攻撃する為の手段だった。
刀を疎かにしたわけではない。
「それが……どうしたっていうんだ!? やってみなくちゃ分からないだろう!?」
「いいや。やらなくても分かる」
キングスレイは断言し、剣を持ちながら軽く手を広げ、告げる。
「お前の軽い攻撃などいくら打ち込んでも私には届かない。やれるものならばやってみろ」
「ッ! 言われなくてもっ!」
ライトウは刀を構え、キングスレイに突撃する。
左。
右。
正面からの袈裟蹴り。
背面に回り込んでの奇襲。
身をかがめ、自動車をブラインドにした攻撃。
その全てが――剣によって弾かれていた。
受けるのではない。
剣に沿うように流され、攻撃を拒否されていた。
受けてすらくれていない。
「グ……ッ!!」
ライトウの顔が歪む。
剣士として剣を交えてもらえないのだ。
これ程の屈辱は無い。
しかもこちらは必死に刀を振るっているのに、相手は余裕でいなしてくる。
まるで稽古を付けるかのように――
「なあ、その刀に名はあるのか?」
唐突にキングスレイは問うてきた。
「……名、だと?」
「そうだ、名だ。その刀の名前は何という」
「名などない」
そう。
この刀は気が付いた時から傍にあった。
誰かから貰ったのだが、詳細は一切覚えていない。
「それがどうしたというんだ?」
「――この剣の名は『スティーブ』という」
「……は?」
「私の友人の名だ」
呆けた声を放つライトウに対し、キングスレイは話を続ける。
「私は友人と共に戦っている。だがお前はどうだ? 誰と共に戦っているんだ?」
「誰と……?」
何を言っているんだ――と返したかった。
刀に銘は必要かもしれないが、名は必要であるのか?
それが強さに関係あるのか?
ただの精神論ではないのか?
――その困惑が、一瞬の隙を生んだ。
「ぐう……っ!!」
突如、ライトウは右腕に痺れを感じた。
理由はすぐに分かった。
彼の目の前にはキングスレイ。
彼の足が下からライトウの肘を蹴り上げたのだ。
上へ腕が持って行かれると同時に、痺れにより握力が弱まってしまい――刀を宙に手放してしまった。
直後、キングスレイはそのままぐるりと一回転させ、振り上げた足をその勢いに乗せてライトウの腹部に叩きこんだ。
「ぐ、うううううううあああああっ!!」
咄嗟に腕でガードしたのだが、老齢とは到底思えない重い一撃により、後方に吹き飛ばされる。
広い大通り方向だったため背部の障害物まで至らずに、何とか手を付きながらバランスを取って立つことは出来た。
反撃に向けてまずは飛ばされた刀の行方を――と顔を上げた時、
「ふむ。これは良いものだな」
ライトウの顔が絶望に染まった。
彼の愛刀。
それがキングスレイの手元にあった。
(――破壊される!?)
ライトウの頭に血が上る。
「貴様あああああああああ!!」
咆哮を上げながら足に力を入れ、一直線にキングスレイに迫ろうとした――その時だった。
ヒュッ、と。
空を切る――いや空を斬る音が聞こえた。
キングスレイがライトウの刀を真横に振ったのだ。
「この刀ならこれくらいのことはやれるだろうな」
ズズン、と。
その声と共に――キングスレイの真横にあった高層ビルが倒壊した。
勿論、タイミングよく崩壊したわけではない。
むしろ何も傷ついていなかったビルだった。
それがキングスレイの行動直後に崩れ落ちたのには理由がある。
俄かには信じられない理由が。
ビルの一階部分。
そしてそこまでにある自動車や街頭などの建物も含めて、だ。
キングスレイが水平に振ったその高さと同じ個所が、綺麗に真っ二つになっていた。
軽く見えた一振り。
その振りだけで遠くにある物体を――高層ビルをも切り裂いたのだった。
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