第199話 乱戦 10
「……へ?」
唐突に告げられた彼女の言葉に、メカニックルームに人々は呆けた声を放つ。
ミューズも手を止めて思わずモニターの方に視線を寄越す。
変わらず舌を出したウサギの画像。
だがその画像が非常に小憎たらしく見えてきた。
こちらを嘲笑っているかのように見えたからだ。
『はいはーい。今から一五分後にこのビル爆破しまーす。ついでにこっちの映像と音声も取って行くからねー。それが終わったらあたしゃアクセス消しちゃうからねー。そん時はあんた達の画像も含めてこっちのもんだからねー。夜道に気を付けなよー』
なーんてね、と彼女はひどくふざけた様子を声に乗せてくる。
『あーあー、忘れてたねー。っていうか爆破したらそのまんま命もおじゃんかー。情報はのこせるかもだけどねー、あははははー。――さあて、後は自動で進めるからー。一応フェアにそっちのネットワーク上で両方とも防げるようにはしてあるからー。そうじゃなくちゃ面白くないからねー、んじゃ、あたしゃせんべいでも食べて過ごすからねー。はいスタートー』
緩い言葉。
もはやカウントが始まったことに気が付かないくらいだった。
スピーカーからはガサゴソという音の後、ボリボリとした、正にせんべいを食べていると思われる音が響いてくる。
「は、ははは……」
と、そこでメカニックルームにいた内の一人が渇いた笑いを見せる。心配そうに傍にいた者が声を掛ける。
「お、おい、どうしたよ?」
「いや、相手も馬鹿だなあ、って思って」
手を広げ、だってさ、と紡ぐ。
「私達にはミューズさんがいるのですよ。だったら爆弾の解除とか相手のハッキングとかすぐに対応しますよ」
「おお、そうだったな。ミューズさんの力なめているよな」
横の人も同意し、メカニックルーム内に安堵の空気が流れ始めた時だった。
「――悪いっすけど、かなり難しいっす」
厳しく強張った声が響く。
ミューズは額に脂汗を掻きながら皆に伝えるように少々大きめの声を放つ。
「はっきりと言うと片方だけでも一五分で出来るかどうか不明っす」
「え……?」
研究員たちは絶句する。
更に手を動かしながらも、ミューズは絶望的な状況を付け足す。
「さっき軽くサーチしたけど、データ偽装があったっす。この偽装された内容は恐らく相手が言うように爆弾っす。ただ――あまりにも数が多いっす」
「数が多い、ですか……?」
「反応見るに――軽く千か所は超えているっす」
「せ、せんっ!?」
「勿論、中にはダミーもあるはずっす。だけど今それを特定して行くにも一つ一つ見ていくわけにもいかないっす。だから――」
ミューズは歯を鳴らしながら告げる。
残酷な真実を。
「あたしが爆弾を解除する自信なんか、これっぽっちもないっす」
ミューズ。
彼女が情報分野に長けていることは誰でも――むしろここにいるメカニックメンバーは誰一人例外はことなく、彼女の情報処理能力の凄さを認めている。
そんな彼女が実質ギブアップ宣言をしたようなものだ。
つまり――このビルは倒壊する。
「うわああああああああああああああああ!!!」
誰が最初にそうしたのだろう。
今は分からない。
だがメカニックルームにいた者は一斉に扉を目指して走り出し、そのまま外へと駆けて行った。
逃げたのだ。
結局。
数秒後に既にその場にいたのはミューズだけだった。
軽く首を振ってそのことを確認すると、
(……これでいい)
彼女はニッと口元を歪めた。
確かに爆弾を解除する手段なんか思いついていないし、このビルにある真偽織り交ざった千の爆弾の中から本物の情報がどれかを精査する方法も、直接確認する方歩も取れない。それは他のオペレータがいた所で同じことだ。
ならば他のみんなを逃げさせるのは至極当然だ。
(あたしだって『正義の破壊者』の幹部なんすから)
責任は取る。
しかし自分には他の人の命を背負えるほどの器量はない。
だから逃がした。
『ほっほう。一人で残って偉いねー。ちっちゃいのに偉いねー』
「これからぐんぐん伸びるっす! 胸もバインバインになるっす!」
『望み薄だと思うけどねー』
相手の軽口をある意味必死に返しながらも、指と目はビルの倒壊と相手のハッキングを解除する為に動きを続けており、それでいながら別のことも思考していた。
先の言葉。
ただ単なる軽口かと思われるが、彼女が一人でいるということを口にしたことから、確実にこちらの様子は見られている。
加えてこのハッキングと爆弾の量。
一五分でハッキングか爆弾か片方と言ったが、全くその通りである。
まるでミューズの技能を知っているがの如くの量とタイムリミット。
偶然なのか、それとも――
「いずれにしろやるしかないっすね……っ!」
ミューズは短く息を吐き、全力で目の前のハッキングと爆弾解除に取り掛かる。
両方合わせて一五分。
正直、爆弾解除を先にしてハッキング対応は後回しにすべきであると考えるのが通常である。
しかし、それこそが相手の目的とも言えるだろう。
誰だって選択することに罠を張ってあるのは明白だろう。
(だったらあたしは――両方ともやってやるっす!)
爆弾を解除しつつ相手のハッキングを妨害する。
ミューズは自分の限界を超えるべく、思考と手の動きを更に加速させた。
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