第198話 乱戦 09

    ◆ミューズ



「何でここにキングスレイがいるっすか!?」


 ライトウの声を拾い映像を確認したミューズは、メカニックルームの中心で叫んだ。

 総帥キングスレイ。

 実質的なルード国の最高責任者であり、ルード国の象徴たる存在。

 総帥の地位についてから政務的な役割をも行っていたので、戦場に出てくることはほとんどなかった人物が、アドアニアに確かに存在した。

 影武者ではなさそうだ。

 画面越しからも伝わってくる威圧感が、ミューズにそう確信させた。


「でも……これは悪意ある編集をしなくてもそのままで行けるっすね! 今回のルード軍介入について、いち軍人の暴走ではなくてルード国の意志ということがハッキリと分かる人物っすし、緑色のジャスティスの秘められた能力ってのも四つ足が起因していることも見えたっす。仮に負けたとしてもこの映像を流すことで相手にダメージを与られるっすよ」


 そう舌なめずりをしてキーボードを叩こうとした所で――


(……あれ? 今、あたし何て言った?)


 ミューズの手が止まる。

 彼女は自分の言動に違和を覚えていた。

 無意識に口にした言葉。


(『』……? あたしはライトウ達が負けると思っている……?)


 いやいやいや、とすぐに首を横に振る。


「……万が一、そう万が一っすよ。あくまで万に一回の話であって、信頼していない訳じゃないっすよ」


 自分にしか聞こえない小さな声でぶつぶつと呟き、彼女はパソコンに向かう。

 そんなことを考えていて手を止める必要はない。


「よし、行くっすよ」


 短く息を吐き出して気持ちを切り替えて、彼女はキングスレイがアドアニアにいるという決定的動画を世界に配信するためにエンターキーを叩いた。


 ――その瞬間だった。



 モニターに映っていた画面の様子が、音もなく一変した。



 ウサギ。

 デフォルトされた青色のウサギが舌を出している画像が、画面全てに映し出されていた。

 当然、こちらで用意したものではない。


「何すかこれ!」


 唐突な出来事に悲鳴を上げているオペレータ達と同じようにミューズもそう悲鳴を上げる。だがすぐに目の前のパソコンの画面に視線を移し、猛烈な勢いでキーボードを叩く。それに合わせて文字列が目まぐるしく画面内で忙しく動き回っている。

 だが彼女が解析を終了させる前に――



『んふふー。あたしが外部から操作しているんだよん』



 答えが、スピーカーを通してメカニックルームに響いた。

 女性の声。

 加工も何もされていない。

 完全に馬鹿にしている――とミューズは舌打ちをしたい気分になる。

 しかしそうする前に、更にこちらの感情を逆撫でするような言葉を相手は放ってくる。


『全くあたしが仕掛けた罠にこうも引っ掛かるとか気が付かないとか、悔しくて声が出ないのー? ねえねえー?』

「っ! あんたは何者っすか!?」


 ミューズが思わず声を放つ。

 その間も打鍵は続けたままだ。

 だが、彼女は打ちながら実感していた。

 実感させられていた。


(相手の乗っ取り方もどうやってアクセスしているかも全く分からない……っ!?)


 画像を解除しようとしてみるが、幾重もの仕掛けがミューズの使用しているパソコンに逆に襲いかかってきている。それを防御しつつ攻撃に転じようとしているが、まるでリアルタイムで更新されているがのごとく相手も情報的攻撃も防御も変化してきており、ずっと先に進めなかった。

 相手は相当高度な技術を使用している。

 この短い攻防だけでも存分に分かった。

 分からされた。


『そっちの動きも見えているよん。白衣の金髪幼女ちゃん』

「幼女じゃないっす!」

『あー、あたしも昔はそういう反応したわねー。今では若く見られたいからそのままにしてるけどねー』


 さてさてー、と間延びした声で相手は答える。



『あたしの名前はセイレン。開発もしているルード国科学局局長なのよー』



 セイレン。

 彼女の名前はミューズも知っていた。

 ルード国で数々の発明をしてきた天才であり、噂では総帥のキングスレイですら頭が上がらないらしい。

 更に彼女は――ジャスティスの開発者でもある。

 つまりジャスティスの生みの親。

 ある意味、この『正義の破壊者』が最も恨むべき人物である。

 そんな彼女が声だけとはいえ、直接こちらに対峙してきている。

 ネット上とはいえ繋がっている。

 ここで彼女を逆探知できれば――


『――さてさてー』


 ミューズが打鍵速度を上げようとした同時にスピーカーから手を叩く音と一緒に、相変わらずの間延びした聞こえて来た。

 しかし、そんなことに耳を傾けている暇はない。

 付き合う必要はない。

 今は目の前の逆探査に集中を――


『はい。もう頭のよい子は察していると思うけどー、

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